【読者参加型】
コンゲツノハイクを読む
【2025年10月分】
「コンゲツノハイク」から推しの1句を選んで200字評を投稿できる読者参加型コーナーです。今月は8名の皆様にご参加いただきました。ありがとうございます!
交番に風鈴本日事故死一
今井 聖
「街」
NO.175より
交番。日常の延長にありながら、死や事件の境界に最も近い公共の場所。風鈴の夏の透明な音が「死」の空気をかすめてゆくような、はつかな緊張を孕んでいる。中七下五の掲示板のような言い回し。人の死が数字で処理される現代のリアリズム。「一」という数字の無機質さが、風鈴のはかなさと対照的で、詩的な衝突を起こす。「死」と「社会」の交点に風鈴が吊るされ、その音が魂の余韻として街のなかに紛れていくようだ。
(押見げばげば)
湖に風出て封筒色の梨
しなだしん
「青山」
2025年9月号より
まず「封筒色の梨」がとても面白い。梨の皮の色の淡い、光沢のない茶色は、たしかに「封筒色」だ。「湖に風出て」の描写でこのひとの立ち位置が見える。湖の風を感じるほどに湖に近い場所である。秋の湖の風は、ほんのりと湿って、複雑な匂いがするのだろう。湖と封筒と梨の淡い色合いの取り合わせは、気分のいいものだ。作者のしなだしんさんは、わたしと同じ新潟県の出身。同郷のひとの句には、心惹かれるものがある。
(千野千佳/「蒼海」)
冬の雨音立ててゐてしづかなり
井越芳子
「青山」
2025年9月号より
御句には、雨しか描かれていません。ただ「冬」という一語で、時には雪よりも寒さを感じるような雨と。また「音たてて」から、しっかりした雨を想像。主体はおそらくガラスなどで雨と隔てられた建物のなか、雨の「しづか」な音を聴いています。その情景からこの雨音は聞くに心地好いものと。ならばと、初冬の乾きを癒す雨も想像はしたのですが、あとを思うと辛い寒さが。心地好いまま聴くならば待つ春への希望、また早春へと通じる雪から雪解へと向かう雨に。そう読むと不意にこの冷たい「冬の雨」に春がたちあがり平明な御句が動きだす、その面白さを選ばせていただきました。
(haruwo/「麒麟」)
ヒヤシンス理科室はすぐ昏くなる
河西志帆
「海原」
2025年9月号より
ギリシャ神話にも登場し、古くから世界で愛されているヒヤシンス。存在感のあるボリュームのある花は、甘くさわやかな芳香がある。幸せに包まれている一方で、授業がつまらないと感じたり、内容に集中できなかったりすると、自然とまぶたが重くなるのだ。
(野島正則/「青垣」「平」「noi」)
夏館ゆさりと孔雀おりて来し
卯月紫乃
「南風」
2025年10月号より
孔雀は動物園の檻の中でしか見たことがなかったので、この句の映像にはちょっと驚いた。野生では自由に飛んだり降りたりしているだろう。「ゆさりと」のオノマトペが大きな美しい羽根の揚力を創り出し、その姿にリアリティを与えていると思う。「夏館」だけに中七下五を暗喩としていろいろ想像したりもできる。一句から積極的に物語を開こうとする読者には楽しい句。
(小松敦/「海原」)
金魚飼ふ何でも捨てたがる妻と
大野潤治
「鷹」
2025年10月号より
唐突に置く「金魚飼ふ」の上五。金魚の存在感をぐっと提示しつつ、その後に続くのは「何でも捨てたがる妻と」という一風変わった措辞。倒置法の効果が大。そして、眼目は、最後の「と」でありましょう。作者に断りなく何でも捨ててしまう妻ではなく、「捨てたがる妻と」一緒に相談をして飼うことにした金魚であろう背景が見え隠れしています。このご夫婦に大切に育てられるだろう金魚は幸せものです。
(卯月紫乃/「南風」)
ジャスミンティ唇に氷のふれてをり
酒井拓夢
「澤」
2025年9月号より
ジャスミンティの「ティ」に長音がないのが良い。この句に似合っていると思う。リズミカルな句で、ジャス・ミン・ティと軽く弾ませながら読んだ。「唇」は「しん」と読んでよいだろうか。くちびるに氷をふれさせつつ、ジャスミンティの香りを感じている。氷の冷たさが心地よさそう。頭のてっぺんまできれいな空気が流れていることだろう。涼しさを感じる。今年の夏も本当に暑くて、秋よ来いと念じていたのだけれど、少し夏が恋しい。
(弦石マキ/「蒼海」)
万の武器埋まるやバナナの樹の下に
森島裕雄
「街」
NO.175より
20年近くのインドネシア、ジャカルタ在住です。こちらでは都会でもどこにでもバナナの木、ヤシの木が生えています。ジャカルタを離れ観光地ではない海へ遊びに行くと未だに日本軍の防空壕跡が残っていたりします。観光地ではないので一般の旅行客はまず行くことのない辺鄙な海ですが、旧日本軍はこんなところまで来てたのかと驚くとともに、名も無く死んでいった兵隊さんの苦労が偲ばれます。
(慢鱚/「俳句大学」)
夏館ゆさりと孔雀おりて来し
卯月紫乃
「南風」
2025年10月号より
夏の光にあふれる庭へ降りてくる孔雀。その姿から目を離さず見入っている作者。「ゆさりと」のオノマトペに、孔雀が羽をたたむときのゆったりとした動作や、その羽の大きさが伝わる。たくさんの宝石を装飾しているような模様が輝き、孔雀の動きに合わせてしゃらしゃらと、羽から音が聴こえてきそうだ。「おりて来し」で結ばれているのが、その様子に臨場感を持たせていて、私たちも、優雅な孔雀の姿に思わず目をみはるような気持ちになる。降り立つ孔雀が、洋風の立派な夏館と響き合う。
(さざなみ葉/「いぶき」)
虹の根にいます死なない鳥と一緒です
植 朋子
「noi」
2025年9月号より
前半「〜にいます」という優しい語り口に惹かれ「死なない鳥」と来て、ぐっと心を掴まれました。私自身、大切な友達が逝ってしまい、絶望の中にいましたが、その友達が「私はここにいるよ」と語り掛けてくれてるようで、涙が出ました。言葉選びもオリジナリティに溢れ、そんな喪失感を抱く人への愛に溢れた一句です。「虹の根」も「死なない鳥」も、見た事無いのに、はっきり見えた気持ちになりました。これはただのファンタジーではないです。作者の方に「ありがとう」と伝えたいです。
(いずみ令香/「noi」)
【次回の投稿のご案内】
◆応募締切=2025年10月31日
*対象は原則として2025年10月中に発刊された俳句結社誌・同人誌です。刊行日が締切直後の場合は、ご相談ください。
◆配信予定=2025年11月5日
◆投稿先 以下のフォームからご投稿ください。
https://ws.formzu.net/dist/S21988499/