ハイクノミカタ

きりん老ゆ日本のうろこ雲食べて 松尾隆信【季語=うろこ雲(秋)】


きりん老ゆ日本のうろこ雲食べて

松尾隆信


構図としては、動物園のキリンが「うろこ雲」をたべて生き長らえているとしたところが楽しい句である。

ただし、べつに魚の「うろこ」を食べているわけではなく(それはあんまりおいしくなさそう)、小分けにされているお菓子みたいな雲を、一日中、むしゃむしゃとひたすら食べているキリンの寿命は、25年以上ともいわれている。野生だと10年から15年くらい。

動物園のなかでは、ライオンやハイエナに襲われることはない。むしろ彼らは動物園の「同僚」なのであり、何の因果か、極東の地まで連れてこられて、檻のなかに容れられていることが、はたしてキリンにとっての幸せなのかどうかはわからない。動物園というのは、精神病院や美術館と同様に「展示する=人の目にさらす」ためのじつに近代的な装置なのである。

しかし、草食動物のキリンにとってみれば、人の目にさらされるだけで、生きながらえることができるのならば、けっして悪い話ではないのかもしれない。

とはいえ、安全な環境で満足な食事を得ながら寿命をまっとうすることは、いいことであるはずなのに、この「老ゆ」には、どこかしら淋しさもまた感じられる。全体として、ゆったりとした、安寧の時間が感じられるのがいい。

作者から伝え聞くところによれば、この句は不死男が亡くなる前年に、「氷海」小田原句会で不死男が出した「老」という題で作った句だそうだ。小田原句会には行けなかったので、東京句会に〈夾竹桃太陽老ゆることのなし〉〈きりん老ゆ日本のうろこ雲食べて〉を出句したところ、どちらも高得点だったそうだが、不死男が採ったのは前者だったそうである。

『季語別松尾隆信句集』(2017)より。

(堀切克洋)



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 手を入れてみたき帚木紅葉かな 大石悦子【季語=紅葉(秋)】
  2. 気が変りやすくて蕪畠にゐる 飯島晴子【季語=蕪(冬)】
  3. さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり 千原草之【季語=さくらんぼ(…
  4. 春泥を帰りて猫の深眠り 藤嶋務【季語=春泥(春)】
  5. 紅さして尾花の下の思ひ草 深谷雄大【季語=思ひ草(秋)】
  6. 風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖【季語=風邪籠…
  7. ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき 桂信子【季語=梅雨(夏)】
  8. 海に出て綿菓子買えるところなし 大高翔

おすすめ記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第78回】脇本浩子
  2. 白梅や粥の面てを裏切らむ 飯島晴子【季語=白梅(春)】
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第11回】小島 健
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第58回】守屋明俊
  5. 神保町に銀漢亭があったころ【第61回】松野苑子
  6. 【冬の季語】小寒
  7. 【本の紹介】仏の道は句に通ず──山折哲雄『勿体なや祖師は紙衣の九十年』(中央公論新社、2017年)
  8. 俳句おじさん雑談系ポッドキャスト「ほぼ週刊青木堀切」【#6】
  9. 【連載】加島正浩「震災俳句を読み直す」第2回
  10. 「野崎海芋のたべる歳時記」わが家のオムライス

Pickup記事

  1. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【番外ー5】 北九州市・八幡と山口誓子
  2. ふところに四万六千日の風 深見けん二【季語=四万六千日(夏)】
  3. 言葉がわからないので笑うてわかれる露草咲いてゐる 種田山頭火【季語=露草(秋)】
  4. 松本実穂 第一歌集『黒い光』(角川書店、2020年)
  5. 【夏の季語】蜘蛛
  6. 枯野ゆく最も遠き灯に魅かれ 鷹羽狩行【季語=枯野(冬)】
  7. 【連載】加島正浩「震災俳句を読み直す」第2回
  8. 「野崎海芋のたべる歳時記」わが家のオムライス
  9. 【連載】歳時記のトリセツ(7)/大石雄鬼さん
  10. 秋めくや焼鳥を食ふひとの恋 石田波郷【季語=秋めく(秋)】
PAGE TOP