ピーマンの中の空気は忘れもの
能村研三
フランス語で「ピーマン(piment)」というと、唐辛子のことをいう。
中華料理屋さんで「それ、辛い?」と訊くときには、「ピーマンテ(Pimenté)?」という。
歳時記によっては、秋の季語である「唐辛子」の傍題に「ピーマン」が書かれていることもあるが、緑色のピーマンは、辛くない唐辛子を品種改良して、赤くなるまえに収穫したもの。
ピーマンの旬は6月から8月なので、どちらかといえば、夏の季語として立項したほうがよいのかもしれないが、いかんせん例句が少ない。「ピーマン大好き!」という人がそれほど多くないこともあるのでしょうか。
おそらく最も有名なピーマン俳句は、池田澄子の〈ピーマン切って中を明るくしてあげた〉だろう。
作者の能村研三は、「自選30句」のなかにこの句を入れているほどなので、もしかしたらピーマンが大好きなのかもしれませんが、作者自身は「秋」の句として並べているようだ。
「秋の季語」として扱われることもあるピーマンだが、「唐辛子」とは別ものなので、「夏の季語」として別だてにするのが筋であるような気もする。
ただ、ピーマンを「夏の季語」として「唐辛子」からざっくり切り離すのなら、現在では食卓に並ぶこともめずらしくなくなった「パプリカ」もぜひ入れてほしいと思う。赤、黄、緑のあざやかな色が、夏らしい。生のまま切って、アンチョビ、ニンニク、オリーブオイルを混ぜ合わせて、バーニャカウダにしていただくのが、おすすめ。
ちなみに、フランス語でパプリカは「ポワーヴル(poivron)」といいまして、思いっきり「胡椒(poivre)」と関係のあることば。大航海時代に南米で「唐辛子」を見つけてしまったヨーロッパ人の喜びは、こんなところに息づいています。
さて掲句、たしかにピーマンのなかの空気はどこから入ってきたのか? 誰かが忘れていったものを、保管しているのか? じつは、ピーマンの表面には実は小さな穴があいていて、空気は、細胞の隙間をぬって入ってきたもの。だから外気とほとんど同じものである。
だが、袋のようなかたちにも見えるピーマンは、何か「忘れ物」を保管してくれているような「待ってる」感がある。もはや、忘れられていることさえ、忘れられているのかもしれないが。
(堀切克洋)