ハイクノミカタ

子供は鳥 かはたれとたそかれにさざめく 上野ちづこ


子供は鳥 かはたれとたそかれにさざめ 

上野ちづこ


へえ、上野ちづこ、なんていう社会学者と同姓同名の俳人がいるのね、と思う方がいるかもしれないが、上野千鶴子ご本人である。

かつて「京大俳句」に属していた上野は、1972年から10年間ほど俳句にかかわり、同志の江里昭彦によって1990年に句集『黄金郷(エル・トラド)』が刊行されている。

基本的には、季語に拘泥しない句が収められており、〈剥落する 一本のわたし〉〈あなたを愛している 鉄の匂い〉というような極私的な「短詩」もあるのだが、ここに挙げた句は、定型感覚の上に成立していて、後半部分の和語とひらがなの畳み掛けが、読者に余韻を残す。

「かはたれ」は夜明け、「たそかれ」は夕暮れであるから、太陽の動きに敏感に反応する子供を詠んでいるわけだが、幼児ではなく、まだ生まれたばかりの乳児であるのではないだろうか。

言葉を覚えていないからこそ、人間になりきれておらず、「動物」の領域に属しており、何か落ち着かない様子を見せるのだ。

不安な表情を浮かべ、ぐずりだし、そして大泣きする赤子。それは、夜明けとともに鳴き始め、そして夕暮れに木々に鳴きながら帰っていく「鳥」と同じである。

とまあ、句意を説明するならそういうことになるのだが、それはあくまで説明であって、そのような現実には落としきれない部分が、この句の魅力だ。

すぐに思い出すのは、加藤登紀子の「この空を飛べたら」(作詞・作曲は、中島みゆき)で、こちらは子供とは関係ないけれど、同種の想像力がはたらいていると言ってよいかもしれない。

と思ったら、上野と加藤の対談が見つかった。『登紀子1968を語る』(情況出版)に収められているそうだ。

(堀切克洋)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 山茶花の弁流れ来る坂路かな 横光利一【季語=山茶花(冬)】
  2. みちのくに生まれて老いて萩を愛づ  佐藤鬼房【季語=萩(秋)】
  3. 本州の最北端の氷旗 飯島晴子【季語=氷旗(夏)】
  4. 血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は 中原道夫【季語=絨毯(冬)】
  5. にはとりのかたちに春の日のひかり 西原天気【季語=春の日(春)】…
  6. 寒いねと彼は煙草に火を点ける 正木ゆう子【季語=寒い(冬)】
  7. 琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷【季語=一月(冬)】
  8. 去年今年詩累々とありにけり 竹下陶子【季語=去年今年(冬)】

おすすめ記事

  1. わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪【季語=風花(冬)】
  2. 【冬の季語】咳く
  3. 【連載】歳時記のトリセツ(12)/高山れおなさん
  4. 砂浜の無数の笑窪鳥交る 鍵和田秞子【季語=鳥交る(春)】 
  5. 中年や遠くみのれる夜の桃 西東三鬼【季語=桃(秋)】
  6. 【#19】子猫たちのいる場所
  7. 【冬の季語】白息
  8. 【冬の季語】凍蝶
  9. 【書評】小島健 第4句集『山河健在』(角川書店、2020年)
  10. 「パリ子育て俳句さんぽ」【4月16日配信分】

Pickup記事

  1. 天使魚の愛うらおもてそして裏 中原道夫【季語=天使魚(夏)】
  2. 【夏の季語】夏木立
  3. 月光に夜離れはじまる式部の実 保坂敏子【季語=式部の実(秋)】
  4. 他人とは自分のひとり残る雪 杉浦圭祐【季語=残る雪(春)】
  5. 目のなかに芒原あり森賀まり 田中裕明【季語=芒(秋)】
  6. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#17
  7. 【#42】愛媛新聞の連載エッセイ「四季録」で学んだ実感
  8. 「けふの難読俳句」【第10回】「信天翁」
  9. 【第6回】ラジオ・ポクリット(ゲスト:阪西敦子・太田うさぎさん)【前編】
  10. 蟷螂にコップ被せて閉じ込むる 藤田哲史【季語=蟷螂(秋)】
PAGE TOP