ハイクノミカタ

はなびらの垂れて静かや花菖蒲 高浜虚子【季語=花菖蒲(夏)】


はなびらの垂れて静かや花菖蒲 

高浜虚子


一幅の日本画のように切り取られた花菖蒲の美しさ。風もなく、静止したはなびらが虚空に浮かぶ。

花菖蒲はあやめやかきつばたに比べてはなびらが大きいので、「垂れて」の一語が花菖蒲の存在感を表わしている。

 一見見分けにくいあやめ、かきつばた、花菖蒲だが、花弁の元のところを見ると判別がつけやすい。あやめは綾目模様で、杜若は白、花菖蒲は黄色。あやめだけが乾燥したところに咲く。

花の区別ならこれでつくのだが、紛らわしいのは作品の上での判別。昔は「菖蒲」と書いて「あやめ」と読んでいたので、「あやめ」とあっても詠まれている花が実際にはあやめなのか花菖蒲なのか、紛らわしいのだ。

「なつかしきあやめの水の行方かな  虚子」は咲いている場所から思うときっと花菖蒲の姿だろう。

日下野由季


【日下野由季のバックナンバー】
>>〔34〕水鏡してあぢさゐのけふの色    上田五千石
>>〔33〕さみだれの電車の軋み君が許へ    矢島渚男
>>〔32〕おやすみ
>>〔31〕母の日の義母にかなしきことを告ぐ   林誠司
>>〔30〕鳥帰るいづこの空もさびしからむに   安住敦
>>〔29〕おやすみ
>>〔28〕筍の光放つてむかれけり       渡辺水巴
>>〔27〕桜蘂ふる一生が見えてきて        岡本眸
>>〔26〕さへづりのだんだん吾を容れにけり  石田郷子
>>〔25〕父がまづ走つてみたり風車       矢島渚男
>>〔24〕人はみななにかにはげみ初桜    深見けん二
>>〔23〕妻の遺品ならざるはなし春星も    右城暮石
>>〔22〕軋みつつ花束となるチューリップ  津川絵理子
>>〔21〕来て見ればほゝけちらして猫柳    細見綾子
>>〔20〕氷に上る魚木に登る童かな      鷹羽狩行
>>〔19〕紅梅や凍えたる手のおきどころ    竹久夢二
>>〔18〕叱られて目をつぶる猫春隣    久保田万太郎
>>〔17〕水仙や古鏡の如く花をかかぐ    松本たかし
>>〔16〕此木戸や錠のさされて冬の月       其角
>>〔15〕松過ぎの一日二日水の如       川崎展宏 
>>〔14〕いづくともなき合掌や初御空     中村汀女
>>〔13〕数へ日を二人で数へ始めけり     矢野玲奈
>>〔12〕うつくしき羽子板市や買はで過ぐ   高浜虚子
>>〔11〕てつぺんにまたすくひ足す落葉焚   藺草慶子
>>〔10〕大空に伸び傾ける冬木かな      高浜虚子
>>〔9〕あたたかき十一月もすみにけり   中村草田男
>>〔8〕いつの間に昼の月出て冬の空     内藤鳴雪
>>〔7〕逢へば短日人しれず得ししづけさも  野澤節子
>>〔6〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ    川崎展宏
>>〔5〕夕づつにまつ毛澄みゆく冬よ来よ  千代田葛彦
>>〔4〕団栗の二つであふれ吾子の手は    今瀬剛一
>>〔3〕好きな繪の賣れずにあれば草紅葉   田中裕明
>>〔2〕流星も入れてドロップ缶に蓋      今井 聖
>>〔1〕渡り鳥はるかなるとき光りけり    川口重美


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな 皿井旭川【季語=新酒(秋)】
  2. 春暁のカーテンひくと人たてり 久保ゐの吉【季語=春暁(春)】
  3. 長き夜の四人が実にいい手つき 佐山哲郎【季語=長き夜 (秋)】
  4. さしあたり坐つてゐるか鵆見て 飯島晴子【季語=鵆(冬)】 …
  5. 髪で捲く鏡や冬の谷底に 飯島晴子【季語=冬(冬)】
  6. 去年今年詩累々とありにけり 竹下陶子【季語=去年今年(冬)】
  7. あり余る有給休暇鳥の恋 広渡敬雄【季語=鳥の恋(春)】
  8. かけろふやくだけて物を思ふ猫 論派【季語=陽炎(春)】

おすすめ記事

  1. あとからの蝶美しや花葵 岩木躑躅【季語=花葵(夏)】
  2. 【秋の季語】秋の蝶
  3. 向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一【季語=飛蝗(秋)】
  4. 恋の刻急げ アリスの兎もぐもぐもぐ 中村憲子【季語=兎(冬)】
  5. 【第5回】ラジオ・ポクリット(ゲスト:岡田由季さん)
  6. 虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣【季語=春(春)】 
  7. 目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
  8. 【夏の季語】夏服/白服 麻服 サマードレス サンドレス 簡単服 あつぱつぱ 半ズボン ショートパンツ
  9. 家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子【季語=滝(夏)】
  10. 【夏の季語】【秋の季語】原爆忌/広島忌 長崎忌

Pickup記事

  1. 【春の季語】彼岸
  2. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2021年11月分】
  3. 【新年の季語】元日
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第16回】仲野麻紀
  5. 影ひとつくださいといふ雪女 恩田侑布子【季語=雪女(冬)】
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第104回】坂崎重盛
  7. 片影にこぼれし塩の点々たり 大野林火【季語=片影】
  8. 【夏の季語】海の日
  9. 生前の長湯の母を待つ暮春 三橋敏雄【季語=暮春(春)】
  10. 【夏の季語】【秋の季語?】ピーマン
PAGE TOP