神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第56回】池田のりを

オールディズ

池田のりを(「ふう」同人)

店主の伊藤伊那男さんの第二句集『知命なほ』が上梓された2009年の夏夕べ、初めて銀漢亭に足を踏み入れた。その時頂いた「知命なほさびしくなれば鞦韆に」の自筆サイン句集は今でも持っている。

ウナギの寝床のような造りの居酒屋は、気弱で人見知りの酒飲みが、その身を置いていてなんとも安心感がある。通い始めたのはそんな理由で、自分の俳句修業のためではなかった。

日替わりのカウンター内の女性達と話せるようになったのは3か月も過ぎた頃。俳歴が長い、中には彼女の父上が私と同い年で俳歴30年、という方々に俳句3年目の初心者は、何を質問してよいかわからない。必然、映画や食物の話ばかり。

自分としては節度ある「青春」の気分を楽しんでいたのだが、周りは「めんどくさいオヤジ」と思っていたのは間違いない。俳句の話ができるようになったのは3年ほど過ぎ、毎月開かれていた超結社「湯島句会」に参加するようになった頃であった。嫌がらずに相手をしてくれた俳人の懐の広さにつくづく感謝している。

その懐に乗じ「湯島句会」の句会報に「時と空を超えて―其角の時代」を連載させてもらい、

更に甘えて周りの方々を巻き込み超協会・超結社の一泊吟行句会「雲呑む会」を始めたのは、その3年後。

閉店の話と暫くして店の内装が取り払われたとの話を聞いて、自分の過去の時間に隙間ができたように感じた。

オールディズをBGMに梅雨一日  のりを

今でも私が、俳句を続けていられるのも、今年はコロナ禍で中止になったものの新しい幹事の下「雲呑む会」が続いているのも、銀漢亭での出会いの「始まり」があればこそと思っている。ずっと追い続けていた其角の話も趣を変え「即興の粋人―宝井其角」として、今年の冬から同人誌「ふう」での連載を始めることができる。

夜、空を眺めていると、銀漢亭の騒めきの中「ノリピー」と呼ぶ声や出会った人たちの顔が映像のように浮かんでくる。そしてそのエンドロールのラストラインには「続く」とある。

【執筆者プロフィール】
池田のりを(いけだ・のりを)
昭和21年8月神奈川県横須賀生れ、東京都世田谷区在住。俳句会「田」「汀」を経て「ふう」同人。俳人協会会員。三田俳句丘の会幹事。


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