笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第15回】1965年 有馬記念 シンザン

【第15回】
調教師・俳人 武田文吾
(1965年 有馬記念 シンザン)

10月、上野の東京国立博物館・表慶館にてJRA70周年特別展示「世界一までの蹄跡」が開催された。トーハクで競馬の展示というのも驚きだったが、その展示内容の充実ぶりには驚きを超えて興奮した。実際に使用した蹄鉄や優勝レイ、絵画やポスター、レーシングプログラム、馬券柄の着物まで、多岐にわたる貴重な資料の数々。その殆どは写真撮影可能というのも有り難かった。
中でも私が最も感動した展示がこちらの句が書かれた色紙である。

こゝまでの道の遠さよ冬日向  牧人

写真挿入・武田文吾先生色紙

「シンザン五冠戰い終つて」という前書きがある。こちら、私のような競馬好き俳人がシンザンを詠んだ句、ではない。「牧人」というのは俳号で、この句の作者はシンザンの調教師を務めた武田文吾先生だ。武田文吾は名調教師であり、俳人だった。
武田文吾の名は虚子の随筆の中にも登場する。

「年尾がもと勤めてゐた會社の重役が馬が好きであつて、其家に騎手として抱へてをつた武田文吾といふ人が話題に上ると、それが小出氏がもと尾張の一ノ宮に居た時分に目をかけてゐた鬼頭といふ騎手の弟子に當るとのことで、二人の間に暫く競馬の話がはずんだ。」(「ホトトギス」1948年9月号)

騎手時代の武田文吾のことが話題に上っている様子がうかがえる。
まさにこの頃だろうか。武田文吾は若い騎手時代から俳句と関わりがあり、佐藤紅緑に俳句を教わったという。武田文吾の俳句は句集「競走馬」に掲載がある。

日本中央競馬会広報室から「女流達の、超結社の俳句のつどいを作って欲しい」との依頼を樋口茂子が受け、久保田月鈴子に相談。栗東女流俳句サロンが誕生した。その活動の一環として合同句集である「競走馬」が発行された。非常に興味深い句集なので、こちらはまた改めて紹介したい。

句集「競走馬」の武田文吾の句にはシンザンを詠んだものがいくつかある。

(前書き)シンザン日本ダービー快勝
勝ち戻る馬よ騎手のりてよ五月富士

(前書き)シンザン三冠成る
この菊に久しく夢を託したる

(前書き)シンザンに寄す
シンザンのなに手招くや春隣

俳句は句そのものを味わうべきだという意見はあるが、これらの句は前書きと作者の背景も含めてぜひ鑑賞したい。それは冒頭で取り上げた〈こゝまでの道の遠さよ冬日向〉も同様である。

シンザンは史上二頭目、戦後初のクラシック三冠馬。皐月賞、日本ダービー、菊花賞のクラシック三冠に加えて、翌年の天皇賞(秋)、有馬記念にも勝利し、日本競馬史上初の「五冠馬」の称号を得た。シンザンといえば「鉈の切れ味」と言われる鋭い末脚が有名で、「神馬」とも呼ばれた。とにかく強かった。

そんなシンザンが五冠馬となったのちに詠まれた句だと思うと「こゝまでの道の遠さよ」の感慨に「冬日向」のホッとした心地が寄り添い、響き合う。史上初の出来事をやってのけた興奮が句にも表れそうなものだが、落ち着いた実感をもって一句を得ている。
五冠目の有馬記念を制した際のこちらの句の方が、気持ちがやや表出しているようだ。

勝ち戻る手綱つなに五冠の年惜しむ

競馬と俳句。
一見遠いところにあるように思える二つの世界を結びつけた武田文吾。
その存在に、自分の「競馬と俳句」の活動の背中を押して貰えた気がした。

12月22日、今年の有馬記念ではどんな句が詠めるだろうか。
有馬記念オンライン句会を開催するので、そちらの投句も楽しみである。
どなたでも参加OK。

22日22時まで受付中なのでご興味のある方は小百合までご一報ください。


【執筆者プロフィール】
笠原小百合(かさはら・さゆり)
1984年生まれ、栃木県出身。埼玉県在住。「田」俳句会所属。俳人協会会員。オグリキャップ以来の競馬ファン。引退馬支援活動にも参加する馬好き。ブログ「俳句とみる夢」を運営中。


【笠原小百合の「競馬的名句アルバム」バックナンバー】

【第1回】春泥を突き抜けた黄金の船(2012年皐月賞・ゴールドシップ)
【第2回】馬が馬でなくなるとき(1993年七夕賞・ツインターボ)
【第3回】薔薇の蕾のひらくとき(2010年神戸新聞杯・ローズキングダム)
【第4回】女王の愛した競馬(2010年/2011年エリザベス女王杯・スノーフェアリー)
【第5回】愛された暴君(2013年有馬記念・オルフェーヴル)
【第6回】母の名を継ぐ者(2018年フェブラリーステークス・ノンコノユメ)
【第7回】虹はまだ消えず(2018年 天皇賞(春)・レインボーライン)
【第8回】パドック派の戯言(2003年 天皇賞・秋 シンボリクリスエス)
【第9回】旅路の果て(2006年 朝日杯フューチュリティステークス ドリームジャーニー)
【第10回】母をたずねて(2022年 紫苑ステークス スタニングローズ)
【第11回】馬の名を呼んで(1994年 スプリンターズステークス サクラバクシンオー)
【第12回】或る運命(2003年 府中牝馬ステークス レディパステル&ローズバド)
【第13回】愛の予感(1989年 マイルチャンピオンシップ オグリキャップ)
【第14回】海外からの刺客(2009年 ジャパンカップ コンデュイット)


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