冬の季語

【冬の季語】海鼠/海鼠舟 海鼠突 酢海鼠 海鼠腸

【冬の季語=初冬〜晩冬(11〜1月)】海鼠/海鼠舟 海鼠突 酢海鼠

【解説】最初にナマコを食べた人はすごいと思う、というのは夏目漱石の『吾輩は猫である』に出てくるエピソード。

「始めて海鼠(なまこ)を食い(いだ)せる人はその胆力において敬すべく、始めて河豚(ふぐ)を喫せる(おとこ)はその勇気において重んずべし。海鼠を(くら)えるものは親鸞(しんらん)の再来にして、河豚を喫せるものは日蓮(にちれん)の分身なり。苦沙弥先生の如きに至ってはただ干瓢(かんぴょう)の酢味噌を知るのみ。干瓢の酢味噌を(くら)って天下の士たるものは、われいまだこれを見ず」  

海鼠は「胆力」ある親鸞、河豚は「勇気」ある日蓮。苦沙弥先生は「干瓢の酢味噌」っていうところが、漱石のユーモアですね。

フランス語で「海鼠」は、「ベッシュ・ドゥ・メール(bêche-de-mer)」といいます。ものの辞書によれば、ポルトガル語で「海の動物」を意味するbicho-do-marからの影響とも。英語だと「海のきゅうり」ということで「sea cucumber」と呼びます。

でもね、正直に言っていいですか。海鼠ってやっぱり誰がどうみても「アレ」に似ていると思うんですよね。共食いじゃないけど、似ているから「精がつく」んじゃないかと思ってみたら、実際にそうだったみたいな…「キュウリ」とか「ネズミ」ってのは、いわば隠れみのだと思うんですよね…まさしく「珍」味というわけで……

そういえば、マレーシアにある「ランカウイ島」の特産品は「ナマコの石鹸」。
ナマコの治癒能力の高さから、傷や火傷の薬として、あるいは産前産後のマタニティケア用品としてのオイルとして重宝されてきました。Amazonでも買えますよ。保湿効果が高く、美肌効果も抜群! 一度、試してみてはいかがでしょうか? 

さて「食」に話題をうつせば、初冬が旬とされるナマコですが、たとえば日本海側の北海道羽幌町沖周辺で漁が解禁になるのは、7月のこと。ナマコは中国で高級食材として扱われ、特に道産のものは形も良く、重宝されるので「海の黒いダイヤ」と呼ばれることも。ネズミがダイヤに。大出世である。

同じ日本海側でも能登で漁が可能なのは、「11月6日~3月15日」のあいだだけ。海水の温度が下がると活動が盛んになって身が引き締まるので、冬の時期のほうが美味しいのだとか。まさしく冬の季語であるのを実感できるのは、たとえば「能登ナマコ」かもしれません。

西の方では山口の長門のあたりもナマコ漁がさかんなエリア。やはり旬を迎える冬場ですが、近年ニュースを賑わせるのは、密漁グループの存在。

また、ナマコの減少は世界的な問題にもなっています。各国や非政府組織でつくる自然保護ネットワーク「国際自然保護連合」が、過去50年で個体数が6割減少したとして、マナマコを絶滅危惧種(レッドリスト)に指定したのが2013年のこと。これを受け、水産庁は貴重種の国際的な取引に規制をかける「ワシントン条約」を適用するか検討中。

「ダイヤ」獲得を生業にしている人びとにとっては、二重苦ですが、対応策のひとつは(密漁されにくい)漁場の近くで稚ナマコを海に放流する「養殖」。大きくなるまで3、4年かかるらしいですが、100メートル前後しか動かないうえ、他の魚による食害も少ないので、管理しやすいというメリットも。

世界ではフロリダやコスタリカ、インド沖でもナマコ漁がされていて、ほとんどすべてが中国に輸入されています。それに先鞭をつけたのは、四方を海に囲まれている日本で、ナマコは江戸時代から外貨獲得の大事な手段。乾物にするのは、そういう一面もあり、干しナマコ・ふかひれ・干し鮑は「俵物三品」と呼ばれて、キャビア・トリュフ・フォアグラ並に重宝されました。

幕府は、国内での流通を制限しようとしたので、「ナマコは貴重品」として食べる文化が、きっと明治以降にも残ったのでしょう。「海鼠腸(このわた)」は、海鼠の腸の塩辛のこと。

【関連季語】牡蠣、河豚、鯨、波の花、海女(春)など。


【海鼠(上五)】

うけ海鼠仏法流布の世なるぞよ 一茶
海鼠噛むそれより昏き眼して 中村苑子
海鼠買ふ人差指で押してみて 鈴木真砂女
海鼠噛むためのうそぶき男なり 岡井省二
海鼠みな受難のかたちしてをりぬ 山田絵里
海鼠食ぶ夫を他人と思ひけり 畠山陽子
海鼠噛むことも別れも面倒な 遠山陽子
海鼠切つて太古の水をあふれしむ 仲寒蟬

【海鼠(中七)】

安々と海鼠の如き子を産めり 夏目漱石
階段が無くて海鼠の日暮かな 橋閒石
親の目に海鼠あふれてゐたりけり 飯島晴子
煮えきらぬ性の海鼠を見てゐたり 大牧広
われよりも年寄る海鼠食ひにけり 矢島渚男
蛸壺に入りし海鼠の不覚かな 茨木和生
口裏をあはせ海鼠を噛んでをり 仙田洋子

【海鼠(下五)】
いきながら一つに冰る海鼠哉 芭蕉
尾頭の心もとなき海鼠かな 向井去来
わだつみや餌だにまかで海鼠かく 白雄
天地を我が産み顔の海鼠かな 正岡子規
小石にも魚にもならず海鼠哉 正岡子規
古往今来切つて血の出ぬ海鼠かな 夏目漱石
あるがまま生死わからぬ海鼠かな 阿波野青畝
そらごとの詩を詠みをり海鼠喰ふ 石原八束
余生白くけむりて見ゆる海鼠喰ふ 石原八束
ひとの手を借り得ぬものの海鼠買ふ 石川桂郎
ペンだこと言ふもの持たず海鼠裂く 鈴木真砂女
悲しみの形のままに海鼠凍て 鷹羽狩行
前の世もその前の世も海鼠かな 西嶋あさ子
いろんなことがありまして海鼠です 樽谷俊彦
アカコアオコクロコ共通海鼠語圏 佐山哲郎
生きてゐるうちもつめたき海鼠かな 大西朋
死んでゐる以外は生きてゐる海鼠 岡田一実
鏡から鏡へすすむ海鼠かな 野口る理

【海鼠突】  
厚着して舟を寄せ合ふ海鼠突 斉藤夏風
海鼠突く銛を持たせてくれたるよ 小澤實
海鼠突問はれしことを語るのみ 甲斐由起子

【海鼠舟】
まつすぐに光と戻る海鼠舟 宇多喜代子

【海鼠桶】
ほんとうの夜のきてゐる海鼠桶 高橋博夫

【酢海鼠】
坂東の血が酢海鼠を嫌ふなり 藤田湘子
海鼠突く一人一舟傾けて 稲畑汀子
酢海鼠に金輪際の箸の先 宇多喜代子
酢海鼠や平家の裔の能登なまり 越智協子
酢海鼠を背中さびしく食ひにけり 野中亮介

【海鼠腸】
海鼠腸が好きで勝気で病身で 森田愛子
海鼠腸の瓶厚硝子海鼠腸みゆ 小澤實

【その他】
雪が降る海鼠に靨(えくぼ)ちらちらちら 金原まさ子


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