星のかわりに巡ってくれる
暮田真名
川柳では五七五と同じく、七七も定型に数えられる。その歴史を詳細に語ることはできないが、連句人(レンキスト)として語れる範囲のことを語ろう。
七七の魅力はなんと言っても軽いこと。五七五は計十七音の三部構成;対して七七は計十四音の二部構成である。当然詰め込める情報量は少なく、それが軽さに繋がっている。この軽さがなかなかクセになるもので、連句も俳句もやっている人は、一度は七七で俳句を作れないかと腐心した時間があるはずだ。連句人、浅沼璞も句集の中でそのようなことを言っていたし、私も三年前がっつり七七の句に取り組んでいた期間があった。そして「五七五に勝るものを作れない」と悟って諦めた。結局軽すぎて俳句にならないのだ。熱が冷めたときに見返して「平句だなぁ」と思ってしまう;そういったものしか作れなかった。だが川柳は違う。
川柳の起源を超ざっくり言うと連句の平句になる。前句付だの柄井川柳だのについてファクトチェックを行う術を持っていないので超ざっくり言うことを許されたい。平句とは連句の発句以外の句のことで、ここには七七も入ってくる。俳句は発句を起源に持つため五七五で季語があって切れがあって、という性格を引き継いだが川柳にはそれがなかった。平句は季語があったりなかったりするし、五七五の次は七七が詠まれた。だから川柳に季語は必須ではないし、五七五も七七も定型に数えられている。七七の表現を探求したり読み解いたりする土台はすでにできていたのだ。
さて、掲句を一読して私は安らぎを覚えた。「星」を「巡」るものという役割から解放している。役割というのは、特に動機が外発的である場合、疲れてしまうものだから、それを「かわ」ってやれる存在がいるというのはなんとも優しいことではないか。我々は馬やそれを擬人化したキャラクターを走らせているけど、本当は走る以外にもやりたいことがあるのではないか。人間にとって都合のいい部分を長所として捉え、長所を強化するように促しているけれど、やりたいことは別にあるのではないか。それは「星」も同じではないか。「巡」ることに意味を見いだされ;意味を託され;それを役割とされてしまった「星」の、一時の安らぎではないか。
七七の軽さが内容とマッチして心に響くということもあるが、七七は軽いばかりではない。
ビニール片を噛んで卒業
物心から銃を取り出す
共食いなのに夜が明けない
すべて『ふりょの星』に収録されている暮田の句だ。五七五ほど饒舌ではないが、五七五ほど冗長でもない。多義語が一つの意味から派生して多くの意味を持つように、七七もまた多くの顔を持っている。あなたは七七の何に出会うだろうか。
(日比谷虚俊)
【執筆者プロフィール】
日比谷虚俊(ひびや・きょしゅん)
「いぶき」所属、「楽園」同人、「銀竹」代表、現代俳句協会青年部所属。
【2025年9月のハイクノミカタ】
〔9月1日〕霧まとひをりぬ男も泣きやすし 清水径子
〔9月2日〕冷蔵庫どうし相撲をとりなさい 石田柊馬
〔9月3日〕葛の葉を黙読の目が追ひかける 鴇田智哉
〔9月4日〕職捨つる九月の海が股の下 黒岩徳将
〔9月5日〕ありのみの一糸まとはぬ甘さかな 松村史基
〔9月6日〕コスモスの風ぐせつけしまま生けて 和田華凛
〔9月7日〕秋や秋や晴れて出ているぼく恐い 平田修
〔9月8日〕戀の數ほど新米を零しけり 島田牙城
〔9月9日〕たましいも母の背鰭も簾越し 石部明
〔9月10日〕よそ行きをまだ脱がずゐる星月夜 西山ゆりこ
〔9月11日〕手をあげて此世の友は来りけり 三橋敏雄
〔9月12日〕目の合へば笑み返しけり秋の蛇 笹尾清一路
〔9月13日〕赤富士のやがて人語を許しけり 鈴木貞雄
〔9月14日〕星が生まれる魚が生まれるはやさかな 大石雄介
〔9月15日〕おやすみ
【2025年8月のハイクノミカタ】
〔8月1日〕苺まづ口にしショートケーキかな 高濱年尾
〔8月2日〕どうどうと山雨が嬲る山紫陽花 長谷川かな女
〔8月3日〕我が霜におどろきながら四十九へ 平田修
〔8月4日〕熱砂駆け行くは恋する者ならん 三好曲
〔8月5日〕筆先の紫紺の果ての夜光虫 有瀬こうこ
〔8月6日〕思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ 中村草田男
〔8月7日〕広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼
〔8月8日〕汗の人ギユーツと眼つむりけり 京極杞陽
〔8月9日〕やはらかき土に出くはす螇蚸かな 遠藤容代
〔8月10日〕無職快晴のトンボ今日どこへ行こう 平田修
〔8月11日〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
〔8月12日〕離職者が荷をまとめたる夜の秋 川原風人
〔8月13日〕ここ迄来てしまつて急な手紙書いてゐる 尾崎放哉
〔8月14日〕涼しき灯すゞしけれども哀しき灯 久保田万太郎
〔8月15日〕冷汗もかき本当の汗もかく 後藤立夫
〔8月16日〕おやすみ
〔8月17日〕ここを梅とし淵の淵にて晴れている 平田修
〔8月18日〕嘘も厭さよならも厭ひぐらしも 坊城俊樹
〔8月19日〕修道女の眼鏡ぎんぶち蔦かづら 木内縉太
〔8月20日〕涼新た昨日の傘を返しにゆく 津川絵理子
〔8月21日〕楡も墓も想像されて戦ぎけり 澤好摩
〔8月22日〕ここも又好きな景色に秋の海 稲畑汀子
〔8月23日〕山よりの日は金色に今年米 成田千空
〔8月24日〕天に地に鶺鴒の尾の触れずあり 本間まどか
〔8月26日〕天高し吹いてをるともをらぬとも 若杉朋哉
〔8月27日〕桃食うて煙草を喫うて一人旅 星野立子
〔8月28日〕足浸す流れかなかなまたかなかな ふけとしこ
〔8月29日〕優曇華や昨日の如き熱の中 石田波郷
〔8月29日〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔8月30日〕【林檎の本#4】『 言の葉配色辞典』 (インプレス刊、2024年)