
満月の畳に海の砂すこし
正木ゆう子
(第二句集『悠 HARUKA』1994年)
第二句集『悠 HARUKA』より。
代表句に〈水の地球すこしはなれて春の月〉(第三句集『静かな水』)があるように、正木の句集にはときどき月が題材の句が出てくる。掲句もその一つ。
一般的な名詞を句材にして、平易な言葉で非常に美しく仕立てている。海から砂を持ち帰る発想自体は俳句ではよく見られるが、絶妙なバランス感覚の描写によって一句として成立している。例えば上五の助詞「の」が非常に効いており、「満月や畳に海の砂すこし」の場合だと、畳の見え方が変わって句の魅力が半減してしまう。「満月の畳」は、満月に照らされた畳かと解釈するが、光量の多い満月だからこそしっかり畳に光が届き、少しの砂がきらめく点も上手い。畳の表面の波が、海の波を連想させ、どこか海の砂とも響き合う。満月の畳の海の砂がすこし手につくことで、五感を通した実感を担保しつつ、本当は海の砂だけど(月の成り立ちを考えると)もしかしたら月の砂かもしれないロマンチックな解釈の余地を残している。海の砂は昼間の海の騒がしさを想像させ、夜の満月の畳の静謐さを際立出せる。句集では一つ前の句が〈蚊柱の一柱渡り川暮るる〉、一つ後ろの句が〈家中の水鮮しき野分あと〉と、水にまつわる句が配置されている点も楽しい。一句だけでなく、句集の流れの中で味わっても面白い一句だ。
(星野いのり)
【執筆者プロフィール】
星野いのり(ほしの・いのり)
1997年生まれ。俳句結社「炎環」同人。俳句雑誌『noi』誌友。現代俳句協会所属。第14回鬼貫青春俳句大賞。第2回全国俳誌協会新人賞。第4回俳句四季新人奨励賞。第6回円錐新鋭作品賞。