【秋の季語】朝顔

【秋の季語=初秋(8月)】朝顔/牽牛花

朝顔が遣唐使によって日本にもたられたのは、奈良時代も終わりのこと。 

有名どころでは、『源氏物語』や『枕草子』にも出てきますし、『万葉集』にも詠まれています。つまり、秋に咲く花のなかでも、ザ・スタンダードというわけで、それが小学生の観察日記まで連綿と受け継がれているわけです。

見しおりのつゆわすられぬ朝顔の花のさかりは過ぎやしぬらん

秋はてて露のまがきにむすぼほれあるかなきかにうつる朝顔

はい、これは『源氏物語』の「朝顔」に出てくる歌ですね。『源氏物語』第20帖(全54帖)は、「朝顔」というお姫様が主役。時は、日本史上圧倒的ナンバーワンホスト・光源氏様が32歳のころのおはなし。朝顔は、光源氏様のいとこ(おじさんの娘)に当たるのですが、彼女はザ・色男に惹かれながらも、不幸な運命はたどりたくないと悟って、プラトニックな関係を貫き通します。青空文庫では、与謝野晶子の訳文が読めますよ。

さて、上の一首目は、光源氏にもいろいろあって朝顔を落としにかかろうとするときの口説き。当時であれば、誰もが知っていたであろう〈春日野のなかの朝顔おもかげに見えつつ今も忘られなくに〉(伊勢集)をふまえていて、「昔見た(かわいい)顔が忘れられないんだけど、花の盛りは過ぎてしまったの?」と、玉置浩二もびっくり、というか口説いてるんだか失礼なんだかわからない攻勢。対する姫君は、「秋はてて」つまり「晩秋」でもうボロボロですよ、と言ってみせたわけであります。朝顔大人。

ちなみに、プラトニック朝顔とペアをなすのが、『源氏物語』の序盤に出てくるヒロイン・夕顔。「夕顔」(第4帖)では、まだまだ幼い「朝顔」がちらりと出てくるわけですが、16年後に出てきた朝顔は色褪せているという、まさかの展開だったわけですよ。ちなみに夕顔は、源氏といい関係になったのを、嫉妬深い六条御息所の呪い殺されてしまいます。まだ小さい子供がいたというのに、かわいそう…。朝顔は、そのことも念頭にあったんでしょうねえ。

俳諧では、『花火草』(寛永13年、1636年)に出てきますが、江戸時代には朝顔を売り歩く行商人が存在していたくらい、一般的な園芸種となりました。下級武士の多くが副収入を得るために栽培をしていたそうですが、しぼんでしまっては売り物にならないので、朝方から競うように売り歩いていたそうです。今の上野辺り(下谷御徒町)が一番盛んだったのは、御徒町にはその名のとおり、馬に乗れなくて「徒歩」で移動せざるをえない武士たちがたくさん住んでいる町だったから。

朝顔は、変異が起こりやすいらしく、そこで人気になったのが、いわゆる「変化朝顔」。江戸時代は、ガーデニング命の人たちもたくさんいたので、いつしか朝顔は一種のブームに。だんだんと博物史的な関心も高まってゆき、文化・文政期つまり19世紀初頭には、朝顔市も開かれるようになり、朝顔に関する本も出版も増えていきました。

峰岸正吉 著『牽牛品類圖考』(1815) 
出典:国立国会図書館デジタルコレクション

売れ残る花より葉より商人(あきんど)の昼は萎れてもどる朝顔

これは江戸時代に詠まれた狂歌のひとつ。ぜんぜん売れずに凹んで帰ってきた「商人」の顔が、朝顔の花より葉よりも萎れているのだと。これもまた下級武士の悲哀。

ちなみに、池袋駅のほど近くにある法明寺(鬼子母神の本院です!)には、酒井抱一の朝顔の絵に添えて句が彫られた「蕣塚(あさがおづか)」という供養塔があります。

蕣や久理可羅龍乃やさ須か多 富久

江戸の金工師であり俳人でもあった戸張富久による句。建立は1826年、富久の死の翌年に、お弟子さんによって建てられたものだそうです。中七以下は「くりから龍」の「やさすがた」と読みますが、園芸用の朝顔の蔓がくるくると棒にまきついている様子を「痩せた龍」に見立てたもの。「倶利伽羅龍王(りゅうおう)」は、不動明王の化身、または変相とされ、剣を呑む龍の姿をなしているのですが、話のつづきは参考文献をどうぞ。

参考文献:笛木あみ「変化朝顔とは?ハマると家計が傾く道楽「園芸」に江戸っ子が熱狂!【江戸時代】」

田中みどり「古代のアサガホ : 朝顔、桔梗、槿、昼顔、のあさがお説の検討」

「池袋駅近くの法明寺の蕣塚(あさがおづか)で弔われている戸張富久」

【関連季語】七夕、天の川、昼顔、夕顔など。

【初出】『俳諧初学抄』(寛永18年、1641年)。


【朝顔(上五)】
あさがほのおもひつめたる花の数  松村蒼石
あさがほの大地になじむ花の瑠璃  飯田蛇笏
朝貌や咲いたばかりの命哉     夏目漱石
朝貌や惚れた女も二三日      夏目漱石
朝貌の黄なるが咲くと申し来ぬ   夏目漱石
朝顔やなべて情はいとはしき    竹久夢二
朝顔やパパとよばれて眼をさます  竹久夢二
朝顔や濁り初めたる市の空     杉田久女
朝顔の咲き放題にいつも留守    石橋秀野
朝顔の紺のかなたの月日かな    石田波郷
朝顔や百たび訪はば母死なむ    永田耕衣
朝顔や一事を隠し了したる     波多野爽波
朝顔の好色たただよう朝の老人   原子公平
朝顔や我が師は久保田万太郎    鈴木真砂女
朝顔や役者の家はまだ覚めず    川崎展宏
朝顔の百花咲かせて驕らざる    鷹羽狩行

あさがほの縹まことに母の色    黒田杏子
朝顔のふるへる水をかけにけり   今瀬剛一
朝顔や海より深き海の色      日下野仁美
朝顔の全き円となりにけり     川村五子
朝顔という月光を巻きつけて    対馬康子
朝顔にありがとうを云う朝であった。大本義幸
朝顔や足袋を持参の稽古事     小川軽舟
朝顔の二つ赤しや草の中      岸本尚毅
朝顔の顔でふりむくブルドッグ   こしのゆみこ
朝顔のひらく殺気やオルガノン   小津夜景
朝顔の白あざやかに島の恋     宇井十間
朝顔の前で小さくあくびする    岸田祐子
朝顔の数なんとなく増えてゐる   相沢文子
朝顔の紺をゆきかふ白き傷     野口る理
朝顔や硯の陸の水びたし      佐藤文香
あさがほのたゝみ皺はも潦     佐藤文香
朝顔の咲きて地球の自転せり    宮下樹

【朝顔(中七)】
平凡に咲ける朝顔の花を愛す    日野草城
置替へて大朝顔の濃紫       川島奇北
身を裂いてゆく朝顔のありにけり  能村登四郎
死なない老人朝顔のうごき咲    八田木枯
次女に生まれて朝顔の紺が好き   渡辺恭子
母たちは朝顔色にほほえみぬ    月野ぽぽな
隣り合ふ家の朝顔似てゐたり    岡田由季
洗顔のあと朝顔の紺眩し      神野紗希
暗いものが朝顔を抑えつけている  福田若之

朝顔(下五)】
なつかしき母の言葉と朝顔と    黒田杏子

【牽牛花】
牽牛花浅間の霧の晴れず見ゆ    深谷雄大
糠雨や日々をこぶりに牽牛花    朝妻 力

【その他】
朝顔の地を這つて咲く敗戦日    鈴木真砂女
朝顔のべたべた咲ける九月かな   長谷川かな女



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