短日のかかるところにふとをりて 清崎敏郎【季語=短日(冬)】


短日のかかるところにふとをりて

清崎敏郎

「短日」という季語の効きに句の全てがかかっている。いや、むしろ「短日」という季題を詠んでいるというべきか。

「ふと」という気づきも、突き詰めれば「短日」という季題の延長にある。「普段ならこれくらいの日の感じの頃には家路を辿っているか、家に居るはずだが」といったような、こんな感慨を伴う日の短さへの「ふと」した気づきが、切れのない叙法で書いてある。ふっとわいた思いを、さっと早く書き留めたような印象がある。

如何にも季題として据えましたといったかたちで、「短日やかかるところにふとをりて」とした場合、「や」の詠嘆がわざとらしくて不自然に響いて良くない。関連して「ふと」も煩くなって来る。
「かかるところ」というぼかした言い方も、「短日」への気づきがこの句の核であることから考えると、わざわざ具体化することの方が不自然な印象を生む悪手なのである。

迷ったら切れとか、なるべく具体化せよとか、そういう教科書的な言説にしたがっていれば良いということでもないということを、この句に思わされる。

(安里琉太)


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞



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