波冴ゆる流木立たん立たんとす
山口草堂
(『行路抄』昭和43年)
冬の海というと、日本海の荒波が磯にどーん、という様な類型的なイメージがポピュラーなのかもしれないけれど、あたりまえのことだが実際の冬の海は様々な顔をもつ。勝手に想像すると、流木が流れている海は太平洋や日本海よりも瀬戸内海やオホーツク海のほうが似合う。そして波が冴ゆる時となれば、天地あらゆるものが冷えていることであろう。冷えた海は微生物が減るから、透明度も増す。掲句はそのような冷え冷えとした世界の中にあって、一本の流木が波に揺られながら、立ちそうで立たず漂う景を写し取っているのである。そしてその木の描写に用いられた動作のリフレインから、波の強さと同時に、木に立とうとする強い意志の存在を読み取っているようにも見える。あるいはその流木に、何か困難の中にある己の姿を重ねるような気分があったかもしれない。
さて、海に立つ流木とは、よく見る景色とは言いがたいだろう。いったん句の風情を離れて喩えるならば、湯飲みに茶柱が立つ様子を巨大化するとわかりやすいかもしれない。筆者は昔、それなりに大きな流木が茶柱のように海に立っているのを実際にみたことがある。見ている分には珍しいものとして興がるのもいいのだが、流木というのは危険なもので、大型船でも当たればスクリューが傷んで航行に支障が出ることがあるし、小型船なら船体が損傷する。最悪、穴が開いて沈没する可能性さえある。横になっていればまだ視認しやすいが、縦になっていたら見つけにくくなってなかなか恐ろしい。ゆえに小型船で高速移動している時には絶対に出会いたくないものである。掲句にはそのような流木と人間の関係の現実を踏まえる意図は感じないけれども、何かに抵抗する気分とでもいうものが、案外によくつながっているような気もする。
(橋本直)
【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。