比喩もまた、斬新でありつつ説得力がある。奇を衒っていない等身大の表現が作者の魅力である。
発情のかそけし虹の立つごとし
卒塔婆のやうなアイスの棒なりき
三冬へ紙の軽さで鳥が浮く
首都高はひかりの河ぞ牡蠣啜る
春の夜のピアノのやうな水たまり
晩春のおかめうどんのやうな日々
時には不思議な感性があり、濡れたような詩情を持つ。
秋燈のひたひた満ちてゐる畳
ハンカチにつつむ東京暮色かな
紙魚の這ふ月に静かの海があり
体内はまつくら茸山に雨
やはらかき耳のしくみに雪降れり
若さを失わずに生きる姿を描いた句には、現代的な俳味がある。
噴水と職業欄に書いて消す
ネクタイのかはりに滝をかけておく
昼寝にも水母の満ちてきて困る
アンメルツヨコヨコ銀河から微風
立ち読みの背中を過ぎる昼の鮫
県道に俺のふとんが捨ててある
恋の句は、どこまでが真実かは分からない。だけれども心の隙を突く。
ハンカチを干していろんなさやうなら
秋ゆふべ砂鉄のごとく惹かれあふ
ほどけゆく手紙の中の焚火かな
しろながすくぢらのやうな人でした
恋人の涙腺を這ふあめふらし
俳壇の話題をさらった句集『けむり』出版後には、こんな素敵な句も詠んだ。
虹あふぐなり人として蛸として
しまうまを静かな夏の木と思ふ
句集出版の前年、平成22年の「週刊俳句」の裏モノである「ウラハイ」では、「にんじん 結婚生活の四季」と題し、実験的な句を詠んでいる(さいばら天気名義)。
なぜ妻は真夜中に泣く冷蔵庫
実印を捺す手の震へ虫の秋
にんじんにフォーク突つ立ち最終戦争
貧乏はいやだと泣かれクリスマス
ぼろぼろの幸せ春の土手に坐し
世間の夫婦関係を客観的に描写した句として理解している。なんだか、私と夫の結婚生活のようだ。〈レタス〉の句は、一連の最後に置かれている。
死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
レタスは、春の季語。みずみずしい葉は、新婚生活のサラダに相応しい。朝食でも夕食でも、シャキシャキしたレタスを食べると幸せな気持ちになれる。サッカーボールほどのふわふわの丸まった葉は、終わりが見えないほどのボリュームがあり、食べきるのに数日を要する。食事中の他愛もない会話の隙を埋めるようにシャリシャリと気持ちの良い音を立てて、その時間は永遠に続くような気さえしてしまう。レタスが安くなる四月の終わりから初夏にかけては、草食動物にでもなった気分で、買い足しては食べ続ける。
昨年、夫が売れ残って半額となったレタスを二個買ってきた。消費に困っていたら、「明日の吟行にサンドイッチを持って行こう」と言い出す。朝の6時から二人でふんだんにレタスを挟んだサンドイッチを作り、横浜へ出かけた。仲間達が中華街で食べ歩きを楽しんでいるのを横目にして、港の見える丘公園でレタスサンドを食べた。夏近い陽射しと木々の若葉を噛みしめているような気分になれた。仲間達が「吟行に来たのか、ピクニックデートをしに来たのか。夫婦俳人はいいわね」と冷やかしてゆく。レタスが尽きても、「死がふたりを分かつまで」この関係は変わらない。そして、来世もその先も、二人でまた終わらないレタスを剝き続けるだろう。
(篠崎央子)
【篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】
【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【篠崎央子のバックナンバー】
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>>〔173〕寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇
>>〔172〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃
>>〔171〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
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