
俯瞰かくもさびしく雁でありにけり
正木ゆう子
(第二句集『悠 HARUKA』1994年)
作者は正木ゆう子。1986年に第一句集『水晶体』を、1994年に第二句集『悠 HARUKA』を刊行している。正木の句集をいくつか読んでいると、動物の視点に憑依する句が多数あることに気づいた。今回はそのような句を紹介していこう。
「俯瞰」という視点を指す語を俳句で用い、その寂しさを「かくも」(こうも)と感嘆・強調することで、自然と雁の視点へ憑依している。
雁は、晩秋の季語。繁殖地であるロシアから晩秋に日本に来て春には帰っていく。「雁行」という逆V字に編隊を組んで飛ぶことで、体力の消費を抑えることができる。群れで飛ぶイメージから、寂しさとは縁遠いと思う方もいるかもしれないが、古来から雁は万葉集などに登場し、雁の声は寂しいもの、聞くと悲しく感じるものとして詠まれてきた。雁のもつ歴史的な寂しいイメージと、俯瞰の視点の寂しさ、晩秋の季節のもつ寂しさが、一句の中で響きあっている。
また「さびしく」の「く」の選択が卓越している。「さびしき雁でありにけり」の場合、さびしい雁/さびしくない雁が居るが、「さびしく/雁でありにけり」の場合、雁であることのみが提示され、雁特有の普遍的な寂しさが引き出されている。「雁でありにけり」のみで伝わると、季語を信じた表現が光る。
この句は口に出したときも気持ちが良い。全体に配置されたk音の韻や、後半に畳み掛けるようなi音の韻が、全体の韻律を良くしている。
このような動物に憑依する佳句が、正木の句集には多数あるため、次回も紹介したいと思う。
(星野いのり)
【執筆者プロフィール】
星野いのり(ほしの・いのり)
1997年生まれ。俳句結社「炎環」同人。俳句雑誌『noi』誌友。現代俳句協会所属。第14回鬼貫青春俳句大賞。第2回全国俳誌協会新人賞。第4回俳句四季新人奨励賞。第6回円錐新鋭作品賞。