笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第10回】2022年 紫苑ステークス スタニングローズ


【第10回】
母をたずねて
(2022年 紫苑ステークス
スタニングローズ)


競馬は血統が非常に大切にされている世界である。1頭の競走馬を知ろうとする時、その馬の父と母はどんな馬か、母の父はどうだったか、と血統表を辿っていく。

馬券を予想する上での血統表の見方は人それぞれだが、競走馬の生産の現場では特にファミリーラインが重要視される。

ファミリーラインとは、その競走馬の母系(牝系とも言う)のこと。

競走馬の血統において、近親関係は母系を基準に考えることになっている。簡単に言えば、母方との血の繋がりによって親戚扱いされる、ということだ。つまり、母が同じであれば兄弟と言われるが、父が同じでもその競走馬同士を兄弟とは言わないのである。

例として、筆者の最愛馬ステイゴールドの牝系を見ていこう。

まずステイゴールドの母はゴールデンサッシュ。

ゴールデンサッシュの母、つまりステイゴールドの祖母はダイナサッシュ。

ダイナサッシュの母、ステイゴールドの曾祖母はロイヤルサッシュとなる。

このロイヤルサッシュという牝馬から多くの活躍馬が生まれ、広く血が繋がっていった。

母、母の母、母の母の母……といった具合にファミリーラインを辿っていくとロイヤルサッシュに辿り着く馬は、ロイヤルサッシュ系と呼ばれる。

ステイゴールド4代血統表

このように血統表の一番下の欄を辿っていくと、その馬のファミリーラインが見えてくる。

活躍馬を多く輩出する母系はブランド化することもあり、◯◯系、◯◯一族などと呼ばれ、ファンがいる牝系もある。

さて、紫苑ステークスというレースがある。レース名はキク科の多年草「紫苑」より名付けられた。花言葉は「君を忘れない」「追憶」。毎年9月初旬に行われているが、紫苑が咲くにはまだ少し早い時期かもしれない。出走できるのは3歳の牝馬のみ。牝馬三冠の最後の一冠である秋華賞のトライアルレースで、3着以内の馬には秋華賞の優先出走権が与えられる。

2022年の紫苑ステークスは12頭の3歳牝馬が出走し、その中には連載第3回で取り上げた牝系である「薔薇一族」のうちの一頭、スタニングローズの姿もあった。

薔薇一族はフランスからの輸入繁殖牝馬であるローザネイから派生する牝系のこと。

ローズバド、ローゼンクロイツ、ローズキングダムなど薔薇に関する馬名がつけられることが多い。スタニングローズもその薔薇一族のうちの1頭だ。なかなか勝ちきれない薔薇一族だが、だからこそ今も応援しているファンは多い。

スタニングローズ4代血統表

そして薔薇一族の他にも、名門牝系は存在する。

スタニングローズと共に紫苑ステークスを走ったライラックは、4代母にスカーレットインクがいるスカーレット一族だ。スカーレット一族にはG1を5勝したダイワメジャー、同じく4勝したダイワスカーレット、同じく9勝のヴァーミリアンなどがいる。スカーレット一族もファンが多い牝系である。

最近ではシラユキヒメ系が注目されているのではないだろうか。G1馬ソダシなど白毛馬の祖がシラユキヒメという牝馬で、そこから派生する血統を指す。白毛は頭数が他の毛色と比べて少ないということもあり、白毛馬の活躍は世界的に見ても珍しく、つい応援したくなってしまう。

他にも、ダイナカール系、ダンシングキイ系、メジロボサツ系など多くの牝系、ファミリーラインが存在し、競馬界を支えている。

隣り家は紫苑のさかり我が家も  三橋鷹女

結果を出して盛り上がっていく他の牝系一族はまさに「隣り家」である。

そして今回「我が家も」と名乗りを上げたのが薔薇一族だった。

スタニングローズは最後の直線、サウンドビバーチェとの長い競り合いをクビ差で制し、紫苑ステークス1着となった。

そうして優先出走権を得た秋華賞へと駒を進める。

秋華賞では桜花賞、オークスを制し二冠を達成していたスターズオンアースが1番人気。

牝馬三冠の達成なるか、はたまた三冠を阻止して最後の一冠を勝ち取る馬が現れるのか、注目の一戦となった。

レースはスターズオンアースが後方3番手に位置し、スタニングローズは前から5頭目あたりで先行。4コーナー付近から鞍上の坂井瑠星騎手の手が動く。それに応えるように、スタニングローズは一歩ずつ、伸びやかに前へと進出。スターズオンアースはまだ後方だ。先頭で粘るのは紫苑ステークスでスタニングローズと競り合ったサウンドビバーチェ。しかし、今度は競り合う間もなくスタニングローズが颯爽と追い抜いていく。先頭は、スタニングローズ。スターズオンアースがすぐ後ろまで迫る中、スタニングローズが見事1着でゴールを果たし、薔薇一族、初の牝馬G1制覇を成し遂げた。

まさに「紫苑のさかり」の勢いのまま、G1勝利を手にしたのである。

ゴール直後の「薔薇の一族、ここにあり!」というアナウンサーの力強い実況が涙を誘う。

今回は競走馬のファミリーライン、一族について中心に語ってきたが、馬同士が自身の血統を意識し、自分も一族の一員として競っているとは思っていないだろう。

いつだって競馬には人間の姿があり、意志があり、思惑があり、感情がある。

競馬は人と馬が織りなす物語。だから私は競馬を愛しているのである。


【執筆者プロフィール】
笠原小百合(かさはら・さゆり)
1984年生まれ、栃木県出身。埼玉県在住。「田」俳句会所属。俳人協会会員。オグリキャップ以来の競馬ファン。引退馬支援活動にも参加する馬好き。ブログ「俳句とみる夢」を運営中。


【笠原小百合の「競馬的名句アルバム」バックナンバー】

【第1回】春泥を突き抜けた黄金の船(2012年皐月賞・ゴールドシップ)
【第2回】馬が馬でなくなるとき(1993年七夕賞・ツインターボ)
【第3回】薔薇の蕾のひらくとき(2010年神戸新聞杯・ローズキングダム)
【第4回】女王の愛した競馬(2010年/2011年エリザベス女王杯・スノーフェアリー)
【第5回】愛された暴君(2013年有馬記念・オルフェーヴル)
【第6回】母の名を継ぐ者(2018年フェブラリーステークス・ノンコノユメ)
【第7回】虹はまだ消えず(2018年 天皇賞(春)・レインボーライン)
【第8回】パドック派の戯言(2003年 天皇賞・秋 シンボリクリスエス)
【第9回】旅路の果て(2006年 朝日杯フューチュリティステークス ドリームジャーニー)


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