自転車がひいてよぎりし春日影
波多野爽波
先日、バスケの練習で行った中学校には、屋外にもバスケットゴールがあった。正門を入ってすぐの左手の桜の横に立っていて、明るすぎない街灯にゴールがほんのり照らされていた。その夜は、桜が満開で、少し揺れれば散ってきて、この学校の生徒たちは、外でも練習するのかな、などと思いながら帰った。気のせいかもしれないけれど、屋外にあるバスケットゴールは、屋内にあるよりもエモーショナルな気がする。
自転車がひいてよぎりし春日影
いまひとつ、わからないところのある句なのだけれど、「自転車」という言葉に、流川を思い出して素通りできなかった。新装再編版2巻の表紙には、海岸に沿った防潮堤の上を自転車で走る流川が描かれている。流川とは湘北高校バスケ部の流川楓(るかわ・かえで)のことで、自転車で通学をする一年生。負けず嫌いな一面を持ち、後に花道とは「終生のライバル」といわれるようになる人物。表紙の流川が進行方向に向けた真っ直ぐな視線は、やわらかな色の海とは対照的に鋭い。
この句のわかりにくさの一つは、「ひいて」が「轢いて」とも「曳いて」とも考えられるところ。「轢いて」だったら春日影の上を自転車で走ったのかなと思うし、「曳いて」だったら自転車で影を引っ張りながら春日影を横切ったということになるのかなと思う。こういう言葉は、漢字で書いてくれていれば、はっきりするのだけれど、ひらがなで書かれているとどちらでもありえてしまう。
もう一つ、なんとなくぼんやりしてしまうのが「春日影」。春の季節の日影ってことはわかるのだけど、俳句の春は2月の立春から5月に入って立夏になる前までの3ヶ月間という認識が一般的で、2月と5月じゃ、冬と夏くらい気温が違う。この句の日影って寒いのかな? そうでもないのかな? というところが気になってしまった。
と、ここまで考えて、なんとなくすべてが、もやーっとしているところが、春そのものっぽいなという気がしてきた。水蒸気が多くて辺りが全部ぼんやり滲む、霞とか朧とかのあの感じ。そう思うと、やっぱり4月くらいで、暑くもなく寒くもなく、やや明るめの季節だろう。自転車が自転車の影を曳いて、草木が作る明るい春日影を横切ったという景色。
そういえば、バスケットゴールのある公園に自転車でゆく流川が描かれていたシーン(新装再編版2巻147~148ページ)があったことを思い出して、この句はこの時の流川をスケッチしたみたいだなと思った。
この句の作者は波多野爽波。虚子に師事し、京極杞陽の指導も受けたホトトギスの同人。1923年1月21日 に生まれて1991年10月19日に逝去した。自転車の人が流川であるわけはないとは思う。でも、ぎりぎり、連載が始まったばかりのスラムダンクを爽波が読む機会はあったかもしれない。
(岸田祐子)
【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。
【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。