混ぜて扇いで酢飯かがやく夏はじめ 越智友亮【季語=夏はじめ(夏)】

混ぜて扇いで酢飯かがやく夏はじめ

越智友亮
はしづめきょらい

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普通の題材で普通に書かれているけどつまらなくない。つまらない句集とそうでない句集の差は何だろう。越智友亮氏の句集『ふつうの未来』を読んでいるうちに、そんなことを思う。氏は中学から俳句を始め、句集には高校から2022年までの句を編年体でまとめている。普通の学生が大人になる道のりを一緒に歩くようで甘酸っぱい。

失恋を鯵の小骨を皿の隅 
 『ふつうの未来』28ページ 以下の句も同じ

鯵の小骨は皿の隅に置いて食べ終わったら捨てる。「失恋を皿の隅に」というのはまだ未練があり、メールやプリクラを捨てられないのか。

ゆず湯の柚子つついて恋を今している 15ページ

恋も愛もloveで表すソーダ水 63ページ

文字にして言葉恥ずかし水中花 63ページ

恋はじまる蕪の持ち帰りに困る 112ページ

恋の句はそれほど好きではないので、鯵や蕪などの可愛くない季語のほうが惹かれる。大根を持ち帰るのは明らかに大変だが、蕪も地味に面倒だ。スーパーなら3つセットでテープに巻かれて重たいし、葉っぱがビニールや紙袋から出ていたら恥ずかしい。恋が始まるならもっとときめくものを持ちたいが、蕪だから良いのだ。

混ぜて扇いで酢飯かがやく夏はじめ 99ページ

少しむせながら手早く扇いで米を混ぜると、艶が出ていかにも美味しそう。酢飯で何を作るのか。ちらし寿司でも海鮮丼でも、どちらにしてもテンションが上がる。日常にあるちょっと良いもの。酢飯の輝きに夏への期待が高まってくる。庶民的で若々しい可愛さがある。

オールナイトニッポン団扇に海の絵が 105ページ

団扇の表には海の絵、裏に企業名が書いてあるようなものをどこかで貰ったのだろう。オールナイトニッポンという長い片仮名と団扇が夜ののんびりした空気を醸し出す。

普通の言葉で句を作りつつ、明るくからっとしていて退屈でない。句集が完成したのは31歳の年なので「絞れば果汁が出る」というのもどうかと思うが。ポケットの中に忘れていたキャラメルを食べて得をした一日のように軽やかだ。

有瀬こうこ


【執筆者プロフィール】
有瀬こうこ(ありせ・こうこ)
2016年12月作句開始。
いぶき俳句会所属。豆の木参加。
2023年第13回百年俳句賞最優秀賞。
2024年第30回豆の木賞。
2025年第8回俳句四季新人賞奨励賞。
2024年「えぬとこうこ」発売。
2025年末「えぬとこうこ2」発売予定。


【えぬとこうこ】
有瀬こうこと相田えぬが、お互いに苦手であろうお題を出し合った20句の連作3作品。
俳人の俳句質問30問コーナー。
ゲストは田中目八さん、藤田亜未さんで各20句。
https://watashiganakitai.booth.pm/items/6264249



【2025年6月のハイクノミカタ】
〔6月3日〕汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ 楠本奇蹄
〔6月4日〕香水の中よりとどめさす言葉 檜紀代
〔6月5日〕蛇は全長以外なにももたない 中内火星
〔6月6日〕白衣より夕顔の花なほ白し 小松月尚
〔6月7日〕かきつばた日本語は舌なまけゐる 角谷昌子
〔6月8日〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
〔6月9日〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
〔6月10日〕銀紙をめくる長女の夏野がある 楠本奇蹄
〔6月11日〕触れあって無傷でいたいさくらんぼ 田邊香代子
〔6月12日〕檸檬温室夜も輝いて地中海 青木ともじ
〔6月13日〕滅却をする心頭のあり涼し 後藤比奈夫
〔6月14日〕夏の暮タイムマシンのあれば乗る 南十二国
〔6月15日〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
〔6月16日〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
〔6月17日〕混ぜて扇いで酢飯かがやく夏はじめ 越智友亮

【2025年5月のハイクノミカタ】
〔5月1日〕天国は歴史ある国しやぼんだま 島田道峻
〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花
〔5月7日〕日本の苺ショートを恋しかる 長嶋有
〔5月8日〕おやすみ
〔5月9日〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔5月10日〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
〔5月11日〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
〔5月12日〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
〔5月13日〕姥捨つるたびに螢の指得るも 田中目八
〔5月14日〕青梅の最も青き時の旅 細見綾子
〔5月15日〕萬緑や死は一弾を以て足る 上田五千石
〔5月16日〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔5月17日〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
〔5月18日〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
〔5月19日〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
〔5月20日〕汗疹とは治せる病平城京 井口可奈
〔5月21日〕帰省せりシチューで米を食ふ家に 山本たくみ
〔5月22日〕胸指して此処と言ひけり青嵐 藤井あかり
〔5月23日〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔5月24日〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
〔5月25日〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
〔5月26日〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
〔5月27日〕ソフトクリーム一緒に死んでくれますやうに 垂水文弥
〔5月28日〕蝶よ旅は車体を擦つてもつづく 大塚凱
〔5月29日〕ひるがほや死はただ真白な未来 奥坂まや
〔5月30日〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二

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