九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ 森田愛子【季語=雛(春)】


九頭龍へ窓開けの塵払ふ

森田愛子

月末が週末にかかると、週明けはもう翌月なのだけれど、それが二月のように短い月だと、もうあっという間に翌月が来る。三月になるから巻き寿司の用意を考えなきゃいけないと焦っていたら、それは二月のはじめ(節分)のことで、じゃあお雛様はいつだせばいいの、今でしょ、な金曜ですよ。

梅のシリーズをやるつもりで、森田愛子って梅が似合うなと勝手に思って読んでいたところ、ふと目に留まったのが掲句。というわけで、雛に行きます。

 九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ

個人的な話だけれど、人の形をした人形、まあ、文字の通りなんだけれど、つまりぬいぐるみやキャラクターなどではなくて、人間に形が近ければ近いものほど苦手で、東西を問わずあまり愛着を感じることができない。フランス人形、リカちゃん、バービー、近年人気のこけしも(身近にファンがいるので話を合わせてはいるけれど)実は存在意義が理解できていない。その中にあって雛は、デフォルメというか、抽象化が大きいものであれば、比較的受け付けることができる。品物として色がうつくしかったりバランスが心地よかったりするからだろう。

そんなこともあって、人の心理を託されたものとしての雛の句(勿論、句に拠るけれど、雛がそっぽを向いたり、ものを言ったりするような類の句だ)には、ほとんど興味を感じないし寄り添うことができない。

そんな中で、愛子の雛の句は、塵を払われる物体としての雛の姿をしている。愛子本人か、あるいは母か、わからないけれど、ヒトがヒナの塵を払っている。凹凸があって、丁寧な材質で作られていれば、飾るうち、しまってあるうちに、塵がつくのは自然のことだ。

さらに、この句の個性は「九頭龍へ窓開け」て塵を払っていること。「九頭龍」はこの句集の中にもたびたび出てくる「九頭竜川」を指す。愛子が生まれて亡くなった三国港から海へ出る川。雛の塵を払うことは、日常的な行いだから、するっと通り過ぎてしまいそうになるけれど、なぜか気にかかったのは、わざわざ川へ向けて窓を開けたことをこの短い中に含んでいるからだろう。

もちろん、掃除のときに換気をするのは合理的な方法だ。だけれども、雛というあまり動かすことをしないもの、部屋の中で愛でられるべきものと、故郷の川を一句に抱いたのは偶然ではない。そこには、何かしらの必然があったとするのは考え過ぎだろうか。

種を明かせば、句は昭和二十二年とされる前書きのある一連の中のもの。森田愛子は昭和二十二年四月一日にその三十年に足りない短い生涯を終える。

しかし、それを知ることなしにも、塵も、窓も、流れも、それぞれ違う立場によって遠くへ運ばれるための媒介であるこれらが、雛という家から出ないものと続いて描かれることに、何か胸をつかまれる。

この句の後には愛子の絶唱として有名なこの句が並ぶ。

 虹の上に立てば小諸も鎌倉も

小説「虹」のヒロインとして虚子に描かれた愛子の、師への思慕、土地への追憶がすべて籠められた完璧ともいえる句だ。

しかし、それよりも印象的なのは、その直前にあるこれらの句。

 海鼠腸が好きで勝気で病身で

 雪卸ししてそれよりの仲違ひ

確かに愛子は、昭和十三年、二十歳前後に結核と診断されてから九年、第二次世界大戦を挟んでその病と生きてきた。だが、愛子の死や、短命や、母や、虚子とのかかわりだけでなく、そのほかのことも、忘れたくはない。

『改訂版 森田愛子全句集』(1966年)所収

阪西敦子


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】
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