去りぎはに鞄に入るる蜜柑二個
千野千佳
蜜柑はちょっと持たせるものとしてとてもよく似合う。渡すほうも貰うほうもあまり気兼ねしなくていいし、人を元気にさせるその色と瑞々しさには贈り手の思いもささやかに託すことができる。
掲句が描いたのは〈去りぎは〉についでのように手渡された蜜柑だ。〈二個〉にリアリティがある。蜜柑を鞄に入れたのは自分かもしれないし、たとえば家族のような親しい間柄であれば相手が自分の鞄にぎゅっと押し込んできたなんてこともあるかもしれない。
相手と別れたあと、蜜柑が手元に残る。見れば相手のことをまた思い出すかもしれない。鞄の口から蜜柑が覗いている映像も思い浮かぶ。前後の場面を想像したくなる句だ。
掲句は今年の第70回角川俳句賞で佳作に選ばれた作品「宝塚」に収録されている。作者の句は、作中主体がどこが面白がっているかがよくわかる句が多くて楽しい。
たとえば、同作収録の〈耳栓に戻る力や鳥渡る〉は、スポンジタイプの耳栓の低反発な弾力に感興をそそられたのだということが〈力や〉からよくわかる。耳栓を鑑賞しているふうでおかしみを感じる。
2年前の角川俳句賞最終候補作に収録されていた〈コンビーフ色の風船もらひけり〉がとても好きなのだが、これも〈コンビーフ色〉という面白がり方が楽しい。風船を配っている人はおそらくコンビーフ色とは思っていない。受け取った側の自由な鑑賞だ。
蜜柑の句にも、渡されたタイミングとボリュームのちょうどよさを鑑賞しているそぶりがある。身の回りのものごとを自由に味わい直せるようなすこし余裕のある心の持ちようが作品の端々から感じられる。その心に触れるのが作者の俳句を読む楽しみだと思う。
(友定洸太)
【執筆者プロフィール】
友定洸太(ともさだ・こうた)
1990年生まれ。2011年、長嶋有主催の「なんでしょう句会」で作句開始。2022年、全国俳誌協会第4回新人賞鴇田智哉奨励賞受賞。「傍点」同人。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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