ハイクノミカタ

凍る夜の大姿見は灯を映す 一力五郎【季語=凍る(冬)】


凍る夜の大姿見は灯を映す

一力五郎

私に影響を与えた「駒草」の先人たちというテーマで書く二回目は、一力五郎(明治35年~昭和22年)。俳人としてよりもジャーナリストとして名を遺した人かもしれない。しかし私にもっとも大きな影響を与えた俳人の一人である。あるいは、波多野爽波の「青」系の人には、京都の俳人柏村貞子の母方の叔父で、貞子に最初に俳句を奨めた人、と言えば少し通じるだろうか。

玉葱の皮や歯ブラシの水を切る    五郎

紫蘇の香の厨ニクロム線の朱

夜の冷えの波のごと来ぬ遠蛙

かはほりや求むるものは定かならず

大枯野その一隅を何か掘る

嵯峨菊のたとへば筆の穂のみだれ

良夜の気みなぎりこゝに籬尽く

ナイフあり目前に寒夜のナイフあり

遺稿集『嵯峨菊』(一力五郎遺稿刊行会、昭和24年)より。

 

五郎の句は、何も見なくても愛誦句がすらすらと出てくる。なかでも一句目〈玉葱の皮や歯ブラシの水を切る〉の格好良さは忘れられない。私に〈吸殻の火や涼風のマーケット〉という句がある。自分が何を見ているか、何に執着したかを信じるという作り方の点で、まぎれもない五郎の影響である。

五郎は、阿部みどり女の女婿。昭和8年頃、みどり女に半ば強引に作句させられ、戦前は「杜野光」の雅号で「駒草」に作品を発表する。河北新報社の編集局長という要職にあったが、戦後、社長一力次郎の公職追放を受けて社長に就任。その際、文芸の場でも本名一力五郎を名乗る。リアリズムを大切にする人であった。「駒草」の誌名は、俳誌創刊前夜、五郎がみどり女への手紙に「蔵王に登山したら駒草がとても綺麗だった」を書き送ったことから、みどり女が誌名を「駒草」に決めたという逸話がある。

柏村貞子は昭和10年か11年ころに五郎に俳句を奨められたときのことを以下のように回顧している。(話が変わるが、昨年、島田牙城氏より柏村貞子について書くようにお勧めをいただき、「青」の柏村の句集特集号をお借りしている。いまだ書かずにいることをお詫び申し上げるとともに、年度内には書くことをここに念書しておきたい)。

二、三日して叔父から、私にも句を作るように申してきました。かなり意気込んで作って送った四、五句のただの一句も、いま私は思い出せませんのに、折返し叔父から来たハガキの文面ははっきりと記憶に残っています。〈貞子はまだ若いのです。どうしてこんなミミッチイ句を作るのですか。〉ハガキの真中にぽつんぽつんと切れたような几帳面な文字が、たった二行並んでいました。(中略)

熱っぽい瞳で「みどり女」を語り「駒草」を語った叔父杜野光との四十年前のあの日が私の「駒草」との出会いであったことを、しみじみと思わずにはいられません。

(柏村貞子「叔父杜野光のこと」「駒草」1976年5月号、70頁)

 脈絡なくつらつらと五郎の伝記的事実を書くと、ジャーナリストとしてかなり気骨の人だったようである。昭和六年、軍部が挙国一致内閣を喧伝したとき、河北新報はときの若槻内閣を「陸軍に引きずられているような外交ではダメだ」と批判、返す刀で「後任首相を夢見る山本(権兵衛)、上原(勇作)……いづれも時代錯誤の骨とう品だ」と軍部を批判した。この記事は軍部を激怒させ、仙台連隊区司令官は河北新報の不買宣言を行うと共に、県特高課と憲兵隊を引き連れて本社に乗り込み、執筆者を出せと迫ったという。その際五郎は、編集局長として要求を突っぱね、あべこべに南次郎陸軍大臣あてに、

一、言論の自由は憲法によって保障されている。しかもこの記事は軍部側の放送により表面化した政治問題を公正に論評したもので、軍民離間の意思は毛頭ない。

一、社屋は貧弱であるが、言論機関の城廓である。もし外部からの暴力あらば四百の社員一丸となって言論の自由を死守するであろう。しかし大元帥陛下のご命令とあれば、いつ砲撃さるるも一向苦しからず。

一、軍人軍属の不買同盟は読者の自由意思であるから、絶対に配達するようなことはしない。

としたためた確認書を提出した。結果として問題はうやむやになり、軍部の不買運動も身を結ばなかったという。(河北新報社編『河北新報の七十年』1967年、71頁)

 五郎は戦後、河北新報から「東北文学」など文学雑誌を刊行、「駒草」も河北新報社から復刊させ、「駒草」主要同人として指導にあたった。しかし昭和22年、心臓内膜炎のため46歳であっけなく死去。土井晩翠は「東北の文化人を失った」と言ってその死を悼んだ。

蓬田紀枝子は五郎の生前、数回句会を一緒にしたことがあるという。当時のことを尋ねると、小柄だが眼光するどく、モダンで格好良い人物で、こと音楽に博識、後ろ姿が印象的だったと教えてくれた。「五郎さんがもっと生きていらっしゃったら、駒草も大分ちがった進み方をしたでしょうね」。あまりの急死であったため、その葬儀では、「五郎にやり込められて恨みを持っていた旧憲兵に殴られたせいで体調を崩して亡くなった」とひそひそ話をする人もあったという(そのような話が出るほど芯のある人だったというエピソードでもある)。

*****

杜野光こと一力五郎が「駒草」において輝きを放ちはじめるのは昭和10年頃から。

ハンケチの真新しきが冷めたけれ

クリームの蕾の薔薇に息あてぬ

沈丁花匂ふて試験近づきぬ

白き雲白きくるすや春雷す

カァテンに火蛾金色の粉を散らす

火蛾掃けば生きて飛びけり霧の縁

次男純入院
わが血潮今子の股に汗ひそむ

みどり女流の的確な写生に加えて、自分の受容した感覚刺激を前面に出している。

広瀬畔人の「画中杜野光論」(「駒草」昭和10年3月号)は五郎を東北の草田男に擬したが、芳醇なリリシズムの展開は、当時の「駒草」としてはかなり新しかったと想像される。

五郎は評論も活発に書いた。無季俳句については「あんみつの豆抜き」「なめこ汁のなめこ抜き」にたとえて、本格派のあんみつも豆抜きのあんみつもどちらも好きでもいいじゃないかと擁護しているのがユニーク(「みつ豆談義」昭和14年、遺稿集『嵯峨菊』所収)。新興俳句の興亡については、昭和16年12月号の時評で「新興俳壇の壊滅は健全な場としての伝統俳壇人の手によって浄化されたのではなくて国家社会の状勢によつて滅びたのであつた。攻撃した俳壇人は時局の御都合主義によつて保身に熱中してしまつた。昭和十七年はその痴呆俳壇を浄化する時期とならなくてはなるまい」と喝破しており、快刀乱麻の時評子ぶりに驚く。

*****

今読んでも面白い文章に「現代俳句の方向」という評論がある。昭和15年の発表として遺稿集『嵯峨菊』に収録されている。五郎の問題意識は明快で、「(当時の)現代俳句がおしゃべりになった」というもの。その理由を考察するという論旨である。

まず五郎は、俳句は語の「共感性」に頼る文学であると特徴づける。そしてその共感性が伝統や古臭さといったものと紙一重であると指摘している。たとえば「百姓家」と言えば農業を営む人の家というのが字義上の意味だが、俳句に出てくると読者は茅葺の家を想像する。こういう語の代表格が季語であるが、もはや季語の共感性の効果的使用法は研究しつくされた感があり、おまけに季語が持つ共感性は、現実に対して「やゝ古さ」を持ってしまう。たとえば仙台名物の七夕は、「笹竹にジェラチン紙の細工物と豆電球をともなつたものゝ林立」が現実であるが、季語としての「七夕」の持つ共感・連想はそうではない。

そういった現実の様態と、季語のもつ連想の齟齬を避ける理由で、一部の作家はうつろいやすい人事季語を避けるようになり、ホトトギスには同じような季語の句がずらずら並んでいる。ある人たちは、季語を否定して無季俳句を作っている。そして、別の人たちは季語の(因習的な)共感の制限という手法をとる。五郎は、この「共感の制限」という考え方が(当時の)現代俳句がおしゃべりになった理由だと分析するのである。

曰く、彼らは「季語に含まれる季感以外の共感物を、一句内に混入せしめざる処置」を意識的に行っており、具体的には「季語のリアルな描写」という手法を取るという。従来は、「つばくらや」と言うだけの方が、季感とそれに付帯するいろいろのムードが広く取り入れられるので俳句の常套手段だった。しかしそれでは現代俳句として不必要な感情も一句のなかに持ち込まれる。だからこの頃は季語の共感性を制限するために、「燕飛ぶ」「つばめ速し」といった具体的な表現に置き換える技法が流行しているのだ、と。

とはいえ、五郎はこの季語のおしゃべりな使い方に、諸手を挙げて賛成という風ではない。戦後「駒草」で担当した「紙燭帖」の選評では、単純化ということをくどいほど強調している。

リアリズムを追求しつつ季語と伝統(古い連想)をどう扱うか、というテーマに関して、五郎の最終的な考えは、「季語以外の言葉の共感性・連想性を大事にし、生かすことによって、一句全体として季語のもつ共感性に頼らないようにする」というものだったようだ。いささか長いが、二つ引用する。

ことばの内容を直感でゆくところに俳句の生々したものが生れてくる。 そして…(略)…すぐそれにともなって誰にでも共通するやうな連想が生れて来る。この共通の連想が、そのことばの深さと親しみを与へる。 季語はこのような意味で典型的な俳句のことばである。だがここで一例をあげたやうに季語以外のことばでも直感と連想の上に立っていることをわれわれはよく知っておかねばならない。 字引を引き引き俳句のことばをさがしてゐるのは、生々したものも豊かなものも出て来はしない。平常ことばをよく消化しておく勉強が必要である。

(一力五郎「紙燭帖選評」「駒草」昭和21年9月号、28頁)

第一に、季題に含まれるものは、単なる事実である。それに関連するあらゆる歴史や伝統や儀礼やロマンチシズムやセンチメンタリズムは否定さるべきである。例へば「菊」はあくまで植物の菊であって、皇室の御紋章となったといふ関連においての或る高貴性や、ピエール・ロチが作るところのマダムクリサンテエムにつながる多少のロマンチシズムなどを「菊」といふ季語の内容に持ちこんでもらつては困るのである。意識的に持ちこむことは勿論排除すべきであるとともに、無意識のうちに雑多な要素が混入しないやうにわれ〱は常に努力すべきである。このことは今日においても幾多の俳人があやまちををかしてゐる。写生を純粋にやつてゐながら季題にこの外的要素を含めて平気でゐる場合が多い。これは理屈をならべる必要はない。いゝ俳句を見ればよくわかる。いゝ俳句にはそのやうないや味は絶対にないのである。

第二に「ことば」は時代とともに内容が変化する。従つて季題も時代とともに変つて行くは当然である。「いた」は木で出来てるときまつてゐた時代は「板」でよかったが、金が出来ると「鈑」の字が必要になってきたやうに、内容は変つて行く。「寒鯉」は食品として寒中の鯉が一番うまいといふので用ゐられた「ことば」であったはづのものが、今日では塞の水にしづかに尾ひれを動かしてゐる動物としての鯉にあつかはれてゐる。昔の意味からいへばこれはあやまりであるべきだが、そんなことをいつてもはじまらないのである。

この二つを的確に見きはめることは今日の俳人の重要な任務の一つであらう。

(「身辺季題抄」「駒草」昭和22年3月号、41頁)

先述の、「季語に含まれる季感以外の共感物を、一句内に混入せしめざる処置」「季語のリアルな描写」を一歩推し進めた方法として、①季語以外の言葉の直感と連想に注意を向け、②季語については非情に眺めることを推奨している、と読めようか。「おしゃべり」な俳句によって季語の共感を制限するのではなく、単純な表現で、しかも連想多く、それでいて季語のもつ「やゝ古さ」を抜け出ようとしているようで興味深い。

先日発売された『俳句』12月号で、生駒大佑が岸本尚毅の「写生と季題のダイナミズム 高浜虚子と波多野爽波」(「岸本尚毅集」(邑書林)に収録)を紹介していた。引用されていたのは、「季題に挑み、季題を揺さぶる。すると季題は力強く押し返してくる。それが写生の本質だ。季題と写生の緊張関係こそが、俳句形式のダイナミズムを動かす力だ。一句の命を季題に吸い取られないうちに季題を殺す。季題を殺す刃が写生だ。殺された季題は『普通語として』蘇る。それが芭蕉と虚子と爽波に共通する方法だ」という一節。

文脈は違うが、写生と季について、五郎は岸本とかなり近いところに考えを進めていたように思う。

五郎からの影響という観点で筆者の句を見直してみると、私の俳句には、季題を含むフレーズがあり、そこに大景の中から見つけ出してきた言葉を配合するという作り方が多いようだ。たとえば〈雪となる夜景の奥の雪の山〉という句は「雪となる夜景の……」という眼前の季題を含む光景を即物的に写生したフレーズが先に出来て、下五をどうしようかと考えた。〈敗蓮の突つ伏す水の白さかな〉は「敗蓮の突つ伏す」という観察が先にあって、後の言葉に何を置けば連想性が高まるか呻吟した記憶がある。形としては、季題の(連想の外をせめる)写生+それ以外の語の共感性の吟味、という作法で、今になって考えてみると、五郎の論が頭にあってたどり着いた作り方という気がしなくもない。

作句法についてよくある質問に「先に季語を決めますか、それとも季語以外の12音を先に決めますか」というのがある。質問の意図もわからないわけではないが、私の場合にはどちらにも当てはまらない、というのが正直なところである。

ただ、この「季題を含むフレーズとそれ以外の取り合わせ」という作り方、考えてみると、実は五郎の議論を介してというより、その作品から直接に受け取ったものかもしれない。

玉葱の皮や歯ブラシの水を切る    五郎

紫蘇の香の厨ニクロム線の朱

良夜の気みなぎりこゝに籬尽く

もっとも五郎が「季題を含む景の写生に、プラスαの言葉を取り合わせる」という作法を意識的していたかどうかは、不明ではあるのだが。

*****

凍る夜の大姿見は灯を映す

昭和21年の句。この句も「凍る夜の大姿見」の観察に、「灯を映す」の発見で一句をなす。

五郎が筆者に与えた影響は、上に反省したような句形の類似や季題観もあるが、そうした議論を介して、「俳句における知性の働き」ということの一つの見本になってくれたことだと思う。五郎の作品は「駒草」内では知的で、リリカルと評されてきた。一体なにが知的でリリカルなのか。私が五郎の作品から嗅ぎ取った答えは、物と物を一直線に結びつけて詩を見出す、判断力のことではないかと思う。どうして「灯を映す」なのか。季題の連想を越えて、あるいは切り捨てて、季感なり感情を一句に浸透させるにはどんな言葉を選ぶべきか。

どこが良い、とはうまく言えない。「凍る」という季題が、作者の主観と重なって全句を支えているのは間違いない。この語がなくては「大姿見は灯を映す」は味気ない感じがする。にもかかわらず、うまく拵えた取り合わせという感じがしないのは、「凍る夜の大姿見は」から入ってゆく感じ方、連想というよりは感覚に訴えた季題の使い方にあるようだ。

感覚で季題を摑みだして写生し、そこに当たり前の素っ気ないことをくっつけて一つの詩を作り出す。蕉風の「往きて還る心」とも似ているようだが、もう少し茫漠とした感覚の美的判断。そこには、やはり知識の裏打ちというものが大事なのではないか。五郎の論と作品を見返すたび、筆者はそんなことを考えるのである。

何ごとにしたところで知識が邪魔になるはづのものではない。もし現実に邪魔になるとすればそれはほんとうの知識ではない。(中略)

高い知性はどんな芸術にも科学にも邪魔になること絶対にないことは、だれでもわかり切つてゐるはづなのだが、妙に俳句の場合は知性を遠ざけやうとする考へ方が一部にある。このへんのところを今にしてはつきり切り変へないと俳句は今日以後の芸術として成り立たなくなる。『胸懐高し』といふのは知性を身につけた人から自然と出て来るあるゆとりである。精神的香気である。(中略)

……考へてみると自然に立ち向つてその真実をつかもうと試みる場合、あらゆるくだらない雑念―それは妄想であったり、迷信であつたり、虚偽であったり等々のものを完全に排拭して、いはゆる白紙の状態にするためには高い知性の協力なくしては不可能なのである。

大人のもつ童心は鍛へられ練り上げられてはじめて出来上がるもので、子供の心そのものではない。子供のこころには迷信があり妄想がある。そしてこれを払ひのける知性の援護がない。だから子供には自然の真実をつかむことは出来ないのである。

(一力五郎「胸懐を高くす」遺稿集『嵯峨菊』125-130頁所収)

五郎の戦後のエッセイ「胸懐を高くす」より。何か解釈をしなくてはいけないような難解さはない。「大人のもつ童心は鍛へられ練り上げられてはじめて出来上がるもので、子供の心そのものではない。子供のこころには迷信があり妄想がある。そしてこれを払ひのける知性の援護がない。だから子供には自然の真実をつかむことは出来ない」。言葉の取り合わせを決めるとき、筆者が繰り返し繰り返し、反芻している言葉である。

最後に、本稿冒頭に紹介した〈玉葱の皮や歯ブラシの水を切る〉の句の、みどり女による評を引用してこの稿を終える。みどり女は生活の中に、俳句を作る目が厳しくしみ込んでいるために、きりっと心に触れる句になっている、という。そこから、俳句には「情的に見る」「物として見る」という作り方があると論を進めている。五郎とみどり女のインタラクティブな影響関係が見える一文である。

玉葱の皮や歯ぶらしの水を切る 五郎(ママ)

この句を見たときに私は俳句が生活にしみこんで来たことを先づよろこんだのでした。『朝顔に歯みがきの粉を散らしけり』といふ句をみたことがありますが、この玉葱の句のやうにきりっと心に触れては来ません。 一と口にいふと朝顔の句はだれてゐて感覚がないのです。人によつてはこの玉葱の句の一見あぢも素気もないのにあきれて『俳句なんてつまらないものだ』と笑ふかも知れませんが、現代の俳人だったらこの句の平凡でないことに気がつくことゝ思ひます。このきびしさが生活の中になければ正確にものを処理出来ないのではないかと思ふのです。

俳句には二つの行き方のあることがはつきりわかるやうな気がします。一つは情的に見、一つは『物』として見るといふことです。しかし無理に情的にながめたのではやはり假物ですし、また物として無理にながめてもそれは瑕物です。いづれも自然でなければならないと思ひます。どちらも個性に従つて行くのが自然にかなつた行き方でありませう。今申しました行き方は別々な道を歩いてゐるやうですが、結局は一點になるのです。生活が人それ〲にあるやうに、俳句もその人の心々にまかせてのつたりと、きびしく作らねばならないと私は考へてゐます。

(阿部みどり女「生活と俳句」「駒草」昭和21年10月号9頁)

浅川芳直


【執筆者プロフィール】
浅川芳直(あさかわ・よしなお)
平成四年生まれ。平成十年「駒草」入門。現在「駒草」同人、「むじな」発行人。
令和五年十二月、第一句集『夜景の奥』(東京四季出版)上梓。

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この人の鋭さと柔らかさの兼ね合いは絶妙。清新と風格の共存と言い換えてもよい。──高橋睦郎

春ひとつ抜け落ちてゐるごとくなり
一瞬の面に短き夏終る
カフェオレの皺さつと混ぜ雪くるか
論文へ註ひとつ足す夏の暁
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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2023年12月・2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
>>〔1〕忘年会みんなで逃がす青い鳥 塩見恵介
>>〔2〕古暦金本選手ありがたう 小川軽舟

【2023年11月・12月の水曜日☆北杜駿のバックナンバー】
>>〔9〕静臥ただ落葉降りつぐ音ばかり 成田千空
>>〔10〕綿虫や母あるかぎり死は難し 成田千空
>>〔11〕仰向けに冬川流れ無一文 成田千空
>>〔12〕主よ人は木の髄を切る寒い朝 成田千空
>>〔13〕白鳥の花の身又の日はありや 成田千空
>>〔14〕雀来て紅梅はまだこどもの木 成田千空

【2023年12月・2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔1〕霜柱五分その下の固き土 田尾紅葉子

【2023年10・11月の火曜日☆西生ゆかりのバックナンバー】
>>〔1〕猫と狆と狆が椎茸ふみあらす 島津亮
>>〔2〕赤福のたひらなへらもあたたかし 杉山久子
>>〔3〕五つずつ配れば四つ余る梨 箱森裕美
>>〔4〕湯の中にパスタのひらく花曇 森賀まり
>>〔5〕しやぼんだま死後は鏡の無き世界 佐々木啄実
>>〔6〕待春やうどんに絡む卵の黄 杉山久子
>>〔7〕もし呼んでよいなら桐の花を呼ぶ 高梨章
>>〔8〕或るときのたつた一つの干葡萄 阿部青鞋
>>〔9〕若き日の映画も見たりして二日 大牧広

【2023年10・11月の木曜日☆野名紅里のバックナンバー】
>>〔1〕黒岩さんと呼べば秋気のひとしきり 歌代美遥
>>〔2〕ロボットの手を拭いてやる秋灯下 杉山久子
>>〔3〕秋・紅茶・鳥はきよとんと幸福に 上田信治
>>〔4〕秋うらら他人が見てゐて樹が抱けぬ 小池康生
>>〔5〕縄跳をもつて大縄跳へ入る 小鳥遊五月
>>〔6〕裸木となりても鳥を匿へり 岡田由季
>>〔7〕水吸うて新聞あをし花八ツ手 森賀まり
>>〔8〕雪の速さで降りてゆくエレベーター 正木ゆう子
>>〔9〕死も佳さそう黒豆じっくり煮るも佳し 池田澄子

【2023年9・10月の水曜日☆伊藤幹哲のバックナンバー】
>>〔1〕暮るるほど湖みえてくる白露かな 根岸善雄
>>〔2〕雨だれを聴きて信濃の濁り酒 德田千鶴子
>>〔3〕雨聴いて一つ灯に寄る今宵かな 村上鬼城
>>〔4〕旅いつも雲に抜かれて大花野  岩田奎
>>〔5〕背広よりニットに移す赤い羽根 野中亮介
>>〔6〕秋草の揺れの移れる体かな 涼野海音
>>〔7〕横顔は子規に若くなしラフランス 広渡敬雄
>>〔8〕萩にふり芒にそそぐ雨とこそ 久保田万太郎

【2023年8・9月の火曜日☆吉田哲二のバックナンバー】
>>〔1〕中干しの稲に力を雲の峰   本宮哲郎
>>〔2〕裸子の尻の青あざまてまてまて 小島健
>>〔3〕起座し得て爽涼の風背を渡る 肥田埜勝美
>>〔4〕鵙の朝肋あはれにかき抱く  石田波郷
>>〔5〕たべ飽きてとんとん歩く鴉の子 高野素十
>>〔6〕葛咲くや嬬恋村の字いくつ  石田波郷
>>〔7〕秋風や眼中のもの皆俳句 高浜虚子
>>〔8〕なきがらや秋風かよふ鼻の穴 飯田蛇笏
>>〔9〕百方に借あるごとし秋の暮 石塚友二

【2023年8月の木曜日☆宮本佳世乃のバックナンバー】
>>〔1〕妹は滝の扉を恣       小山玄紀
>>〔2〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
>>〔3〕葛の花来るなと言つたではないか 飯島晴子
>>〔4〕さういへばもう秋か風吹きにけり 今井杏太郎
>>〔5〕夏が淋しいジャングルジムを揺らす 五十嵐秀彦
>>〔6〕蟷螂にコップ被せて閉じ込むる 藤田哲史
>>〔7〕菊食うて夜といふなめらかな川 飯田晴
>>〔8〕片足はみづうみに立ち秋の人 藤本夕衣
>>〔9〕逢いたいと書いてはならぬ月と書く 池田澄子

【2023年7月の火曜日☆北杜駿のバックナンバー】

>>〔5〕「我が毒」ひとが薄めて名薬梅雨永し 中村草田男
>>〔6〕白夜の忠犬百骸挙げて石に近み 中村草田男
>>〔7〕折々己れにおどろく噴水時の中 中村草田男
>>〔8〕めぐりあひやその虹七色七代まで 中村草田男

【2023年7月の水曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔5〕数と俳句(一)
>>〔6〕数と俳句(二)
>>〔7〕数と俳句(三)
>>〔8〕数と俳句(四)

【2023年7月の木曜日☆近江文代のバックナンバー】

>>〔10〕来たことも見たこともなき宇都宮 筑紫磐井
>>〔11〕「月光」旅館/開けても開けてもドアがある 高柳重信
>>〔12〕コンビニの枇杷って輪郭だけ 原ゆき
>>〔13〕南浦和のダリヤを仮のあはれとす 摂津幸彦

【2023年6月の火曜日☆北杜駿のバックナンバー】

>>〔1〕田を植ゑるしづかな音へ出でにけり 中村草田男
>>〔2〕妻のみ恋し紅き蟹などを歎かめや  中村草田男
>>〔3〕虹の後さづけられたる旅へ発つ   中村草田男
>>〔4〕鶏鳴の多さよ夏の旅一歩      中村草田男

【2023年6月の水曜日☆古川朋子のバックナンバー】

>>〔6〕妹の手をとり水の香の方へ 小山玄紀
>>〔7〕金魚屋が路地を素通りしてゆきぬ 菖蒲あや
>>〔8〕白い部屋メロンのありてその匂ひ 上田信治
>>〔9〕夕凪を櫂ゆくバター塗るごとく 堀本裕樹

【2023年5月の火曜日☆千野千佳のバックナンバー】

>>〔5〕皮むけばバナナしりりと音すなり 犬星星人
>>〔6〕煮し蕗の透きとほりたり茎の虚  小澤實
>>〔7〕手の甲に子かまきりをり吹きて逃す 土屋幸代
>>〔8〕いつまでも死なぬ金魚と思ひしが 西村麒麟
>>〔9〕夏蝶の口くくくくと蜜に震ふ  堀本裕樹

【2023年5月の水曜日☆古川朋子のバックナンバー】

>>〔1〕遠き屋根に日のあたる春惜しみけり 久保田万太郎
>>〔2〕電車いままつしぐらなり桐の花 星野立子
>>〔3〕葉桜の頃の電車は突つ走る 波多野爽波
>>〔4〕薫風や今メンバー紹介のとこ 佐藤智子
>>〔5〕ハフハフと泳ぎだす蛭ぼく音痴 池禎章

【2023年4月の火曜日☆千野千佳のバックナンバー】

>>〔1〕春風にこぼれて赤し歯磨粉  正岡子規
>>〔2〕菜の花や部屋一室のラジオ局 相子智恵
>>〔3〕生きのよき魚つめたし花蘇芳 津川絵理子
>>〔4〕遠足や眠る先生はじめて見る 斉藤志歩

【2023年4月の水曜日☆山口遼也のバックナンバー】

>>〔6〕赤福の餡べつとりと山雪解 波多野爽波
>>〔7〕眼前にある花の句とその花と 田中裕明
>>〔8〕対岸の比良や比叡や麦青む 対中いずみ
>>〔9〕美しきものに火種と蝶の息 宇佐美魚目

【2023年3月の火曜日☆三倉十月のバックナンバー】

>>〔1〕窓眩し土を知らざるヒヤシンス 神野紗希
>>〔2〕家濡れて重たくなりぬ花辛夷  森賀まり
>>〔3〕菜の花月夜ですよネコが死ぬ夜ですよ 金原まさ子
>>〔4〕不健全図書を世に出しあたたかし 松本てふこ【←三倉十月さんの自選10句付】

【2023年3月の水曜日☆山口遼也のバックナンバー】

>>〔1〕鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波
>>〔2〕砂浜の無数の笑窪鳥交る    鍵和田秞子
>>〔3〕大根の花まで飛んでありし下駄 波多野爽波
>>〔4〕カードキー旅寝の春の灯をともす トオイダイスケ
>>〔5〕桜貝長き翼の海の星      波多野爽波

【2023年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】

>>〔6〕立春の零下二十度の吐息   三品吏紀
>>〔7〕背広来る来るジンギスカンを食べに来る 橋本喜夫
>>〔8〕北寄貝桶ゆすぶつて見せにけり 平川靖子
>>〔9〕地吹雪や蝦夷はからくれなゐの島 櫂未知子

【2023年2月の水曜日☆楠本奇蹄のバックナンバー】

>>〔1〕うらみつらみつらつら椿柵の向う 山岸由佳
>>〔2〕忘れゆくはやさで淡雪が乾く   佐々木紺
>>〔3〕雪虫のそつとくらがりそつと口笛 中嶋憲武
>>〔4〕さくら餅たちまち人に戻りけり  渋川京子

【2023年1月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】

>>〔1〕年迎ふ父に胆石できたまま   島崎寛永
>>〔2〕初燈明背にあかつきの雪の音 髙橋千草
>>〔3〕蝦夷に生まれ金木犀の香を知らず 青山酔鳴
>>〔4〕流氷が繋ぐ北方領土かな   大槻独舟
>>〔5〕湖をこつんとのこし山眠る 松王かをり

【2023年1月の水曜日☆岡田由季のバックナンバー】

>>〔1〕さしあたり坐つてゐるか鵆見て 飯島晴子
>>〔2〕潜り際毬と見えたり鳰     中田剛
>>〔3〕笹鳴きに覚めて朝とも日暮れとも 中村苑子
>>〔4〕血を分けし者の寝息と梟と   遠藤由樹子

【2022年11・12月の火曜日☆赤松佑紀のバックナンバー】

>>〔1〕氷上と氷中同じ木のたましひ 板倉ケンタ
>>〔2〕凍港や旧露の街はありとのみ 山口誓子
>>〔3〕境内のぬかるみ神の発ちしあと 八染藍子
>>〔4〕舌荒れてをり猟銃に油差す 小澤實
>>〔5〕義士の日や途方に暮れて人の中 日原傳
>>〔6〕枯野ゆく最も遠き灯に魅かれ 鷹羽狩行
>>〔7〕胸の炎のボレロは雪をもて消さむ 文挾夫佐恵
>>〔8〕オルゴールめく牧舎にも聖夜の灯 鷹羽狩行
>>〔9〕去年今年詩累々とありにけり  竹下陶子

【2022年11・12月の水曜日☆近江文代のバックナンバー】

>>〔1〕泣きながら白鳥打てば雪がふる 松下カロ
>>〔2〕牡蠣フライ女の腹にて爆発する 大畑等
>>〔3〕誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生
>>〔4〕雪が降る千人針をご存じか 堀之内千代
>>〔5〕トローチのすつと消えすつと冬の滝 中嶋憲武
>>〔6〕鱶のあらい皿を洗えば皿は海 谷さやん
>>〔7〕橇にゐる母のざらざらしてきたる 宮本佳世乃
>>〔8〕セーターを脱いだかたちがすでに負け 岡野泰輔
>>〔9〕動かない方も温められている   芳賀博子

【2022年10月の火曜日☆太田うさぎ(復活!)のバックナンバー】

>>〔92〕老僧の忘れかけたる茸の城 小林衹郊
>>〔93〕輝きてビラ秋空にまだ高し  西澤春雪
>>〔94〕懐石の芋の葉にのり衣被    平林春子
>>〔95〕ひよんの実や昨日と違ふ風を見て   高橋安芸

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔5〕運動会静かな廊下歩きをり  岡田由季
>>〔6〕後の月瑞穂の国の夜なりけり 村上鬼城
>>〔7〕秋冷やチーズに皮膚のやうなもの 小野あらた
>>〔8〕逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子

【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】

>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして    原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
>>〔3〕サフランもつて迅い太子についてゆく 飯島晴子
>>〔4〕琴墜ちてくる秋天をくらりくらり  金原まさ子

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹   津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ    榮猿丸
>>〔3〕秋思かがやくストローを嚙みながら 小川楓子
>>〔4〕いちじくを食べた子供の匂ひとか  鴇田智哉

【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】

>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥    橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ  京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上     鈴木花蓑

【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】

>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな  飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸     飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり    飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い   飯島晴子

【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】

>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず  加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓   加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる  加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ  加倉井秋を

【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】

>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月  杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな   坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ   安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希

【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】

>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる    小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄      吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ     三枝桂子

【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】

>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲   安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲  宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく     加藤喜代子

【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海    野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


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