【読者参加型】
コンゲツノハイクを読む
【2023年3月分】
ご好評いただいている「コンゲツノハイクを読む」、2023年もやってます! 今回は11名の方にご投稿いただきました。ご投稿ありがとうございます。(掲載は到着順です)
中心へゆく一人ありスケート場
市原みお
「南風」2023年3月号より
スケート場では、決まった方向への人の流れがある。人の流れは横に長いドーナツのような形で、ちょうどドーナツの穴にあたる真ん中のスペースで滑るのは、たいてい上級者だ。掲句では、流れから抜けて、スケート場の中心へ滑り行く一人にスポットライトが当たっている。スケート場の大きさ、その人の存在感の強さを感じる。これからその人がどんな滑りをするのだろうかという期待も伝わってくる。上五中七のゆったりとした描写で一人の人物を際立たせ、下五のスケート場で種明かしをする。構成が実に巧みな句だ。
(千野千佳/「蒼海」)
スピッツの吠えしも昔日向ぼこ
小川軽舟
「鷹」2023年3月号より
スピッツは高度成長期の人気ランキング一位の犬種。庭付き一戸建てに住みスピッツを飼うというのが当時の小市民的な夢。しかしこいつが厄介で、ふわふわで可愛いが躾困難でやたらキャンキャン吠える。口は達者だが中身のない輩には「スピッツ」という渾名が付いたものだ。
日向ぼこの軽舟先生スピッツを飼った子供の頃を思い出しているのか。大学時代青臭い議論を吹きかけてきた同級生の「スピッツ」を思い出しているのか。
因みに現在ではトイプードルが断トツの一位。賢く無駄吠えせず毛も抜けない。犬も人間も昨今はこういうタイプが好まれるのだろう。
(種谷良二/「櫟」)
福引のティッシュもそもそ泣く映画
三谷なな子
「雪華」2023年3月号より
ぽっかり空いた時間に一人映画を観に行った
泣けると話題の作品だけど、私はそういうので泣くタイプではない
けれども、些細な台詞に何故か鼻の奥がつんとして、まさかと思ううちに、つーっと鼻水が垂れてきた
辺りを憚りつつポケットを弄るが、膝に置いたコートが邪魔をする
やっと取り出したティッシュで鼻、目頭を押さえ、抱え直したコートに埋もれるように座席に沈みこんだ
私、こんな映画で泣いたっけ
年末だからかな
福引もはずれのティッシュだったもんな
(土屋幸代/「蒼海」)
涙ほどあたたかき雨春を待つ
守屋明俊
「閏」2023年2・3月号より
今年の冬から、なんともなしに泣いていることが、幾度かあった。頬に落ちる涙を指で拭うと、ほの温かい。雨がその涙ほど、暖かいのである。冬は終わり、すぐそこまで、春が来ているのだ。
(加瀬みづき/「都市」)
狸がゐて犬がゐて猫がゐて強風
瀬戸正洋
「里」2023年2月号より
恐らく狸の後ろに犬、犬の後ろに猫が並んでいるのだろう。つまり身体の大きい順だと思われる。強風から身を守るのに自分より大きいものの影に入ったのである。「ゐ」の字がじっと踏ん張って強風に耐えているように見えてこないだろうか。そして、これを人間が傍から見ている……いやいや、もしかしたら狸の前に立たされているのかもしれないですな。
(田中目八/「奎」)
朝九時のセブンイレブン雪時雨
谷口純子
「里」2023年2月号より
朝九時、セブンイレブンがいる、雪時雨もいる。読者というよりは目撃者の気分になっている。目撃者と書いたけど、朝九時に何があったかは想像するしかない。想像するしかないと書いたけど、掲句は考えずに感じるだけでいいのかも知れない。滝のように、星のように。そんな不思議な気分を味わっていると、さらに不思議なものを発見。中七下五を組み合わせた(セブンイレブン雪時雨)が、セブンイレブン限定のアイスキャンディーに見える。どんな味がするのだろう。
(高瀬昌久)
初春や布団の中でとけてゆけ
小暮沙優
「里」2023年2月号より
新しい年は始まる
布団の中のわたくしは
去年のまんまのわたくしは
さあさあわたくしとけてゆけ
手足胴体頭もみんな
去年のわたくしとけてゆけ
新春のわたくしよ
あらわれよ
新春のわたくしに進化せよ
ふしぎなあめは百個ある
百個なめたぞとけてゆけ
布団の中で
去年のわたくしとけてゆけ
わたくしよ進化せよ
新春のわたくしに
進化せよ
(月湖/「里」)
日向ぼこ文字なき絵本読み聞かす
萩尾亜矢子
「炎環」2023年2月号より
窓から日差しが差し込む茶の間。或いは、庭に面した縁側であろうか。日向ぼこをしながら、子供も大人も和やかに団欒をしている景が読みとれる。しかし、文字の無い絵本を読み聞かす。これは絵本の絵から、大人の方も想像を膨らませなければできない。詩情豊かな家族なのであろう。
(野島正則/「青垣」・「平」)
なにもかも軽きがよろし山に雪
名取光恵
「いには」2023年3月号より
「山に雪」ということで、山以外に雪は感じられない。上五中七の措辞から、遠く山の頂だけに雪が積もり、薄っすらと白く染まっている景を想像した。何かと暗い話題の多い現実に、重くなりがちな心。けれど「山に雪」の景が、どんなことも軽やかに飛び越えていくような気持でいなさいと優しく微笑んでいるように思えた。心も、フットワークも、俳句も、軽い方がきっと良い。と、わたしは思っている。柔らかく穏やかな語りに「それでいいんだよ」と言って貰えているような、安堵を覚える句であった。
(笠原小百合/「田」)
からからと絵馬鳴らしたる神渡
岸田祐子
「ホトトギス」2023年3月号より
絵馬が風に揺れるのを、私はおそらく見たことがないと思う。強風の日ならそんなこともあるかもしれないが、大抵の絵馬は揺れずにただぶら下がっているだけではないだろうか。その絵馬が、揺れたのである。そして、からからと音が鳴った。重なった絵馬同士がぶつかり合う音だろう。作者はからからという音を聞きつつ神渡の中に佇んでいる。好きな句は私を、句と同じ場所に導いていく。
(弦石マキ/「蒼海」)
手拭の糸解れたる漱石忌
松井努
「橘」2023年3月号より
手拭を愛用しているので、こちらの句に目が留まった。大抵の手拭は両端が切りっぱなしになっていて、縫い目がない。したがって使い始めると、端からほつれていく。ほつれた糸をはさみで切ってしのげば、1センチくらいのところでほつれは止まるのだが、それを知らない頃はどこまでほつれるのかととても不安だった。ほかにも色落ちや色移りなど、手拭は特に使い始めに不安要素が多いアイテムかもしれない。この句に不安という言葉は一切使われていないが、手拭を普段使う者には「漱石忌」によってほのかに予感でき、静かな呼応に感動する。
(藤色葉菜/「秋」)
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】