印刷工枯野に風を増刷す
能城檀
この句に目が留まったのは、二十代の頃、印刷工として働いていた記憶が呼び起こされたからだろう。もう30年も前のことだが、最大でA3までしか印刷できない小さなオフセット印刷機を日がな一日回していた。
現在では印刷機もコンピュータ制御されていて、ある程度放っておいても良いのかもしれないが、私の当時担当していた印刷機は、つねに人が傍についてインクや水の量を調整しなければならないアナログな機械だった。工場には窓もなく、ただモーターのうなりと、印刷機が紙を繰り入れては吐き出す音だけが響いていた。
印刷工枯野に風を増刷す
私の働いていた工場は枯野ではなかったが、郊外に立地している工場なら枯野ということもあるかもしれない。だがここでは、実際の景というより、おそらくは心象風景としての枯野だろう。掲句ではその心の枯野に風を増刷しているという。
増刷は著者や出版社にとっては嬉しいことだが、一労働者としてはどうか。印刷工にとって印刷物とは、紙にインクを吸い込ませた物質にすぎない。その物質に込められた著者の思いなどは、風のように目の前を次々に通り過ぎてゆくだけだ。
工場の中の印刷機のリズミカルで単調な音と、工場の外の、あるいは心象の、風が枯草をざわざわと撫でる音とがいつしか混然となって、機械の傍らに立つ無言の印刷工を覆ってゆく。そんな景にも思えてくる。
「カフェにて」(2019年/ふらんす堂)所収。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。