やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子【季語=扇(夏)】

やすばり/\開きあふぎけり

高濱(たかはま)虚子たかはまきょし

 5月22日は三井寿の誕生日。推しの誕生日をオタクだけで祝う本人不在の誕生日会は、2次元に限らずオタク界隈での恒例行事といえるだろう。もちろん、私も友達とお祝いをした。みっちゃん、お誕生日おめでとう。

 私の目標の一つに、いつか監督目線でスラムダンクを読めるようになりたいというものがある。例えば、スラムダンクに登場する選手から男子U18日本代表メンバーを選ぶ妄想をする。監督の視点を持たなければ世界で勝ち抜いてゆくための布陣を考えられないだろう。しかし、そこに到達できるのはまだまだ遠い。まずは、基本的なルールを覚えなくては。ゴール下の四角い枠の中にオフェンスの人が3秒以上いたらダメなことは先月のバスケ練習会で覚えたばかり。漫画を読むときは、できる範囲で各校の監督の発言を気にしてゆきたい。

やす扇ばり/\開きあふぎけり

 作者は高濱(たかはま)虚子(きょし)で、1942年6月12日の草樹会でのもの。意味は、書いてある通りで「安物の扇をばりばりと開いて扇いだ」というだけのことだが、「ばり/\」としたところが好き。この言葉から、サイズが大きめで、多少雑に扱ったとしても壊れない丈夫な扇が思い浮かぶ。また、大きな扇を使うのは、体の大きな人かもしれない。神奈川県の王者、海南大附属高校バスケ部の監督、高頭力(たかとうりき)だ。

 海南大付属高校は、横断幕に「常勝」の文字を掲げ、過去16年連続でインターハイ出場を果たした強豪校。県予選で湘北が唯一勝てなかったチームだ。そのチームを率いる高頭は、試合のベンチで、いつも扇を持っている。かつては優秀なバスケ選手だったという高頭の指導は、冷静な分析と合理的な采配から「知将」との誉が高いのだが、意外と短気なところがあって、試合で劣勢になると激高して怒鳴ることがある。

 インターハイ県予選決勝リーグでの対湘北戦で、高頭が使っていた扇は大ぶりの白い無地のものだった。試合中に扇を使っている場面は、何度も出てくる。花道の身体能力の高さに注目しつつも、初心者であることを見抜き、地味だけれど基礎のしっかりした選手、宮益義範をぶつける采配を見せた時の扇の扱いは、つくづくこの句の通りだ(新装再編版8巻147ページ)。また、湘北に同点に追いつかれた際、激高して扇をへし折ってしまうところには、「やす扇」ならではの感じがあって、普段から気兼ねなく「ばり/\」開いている姿が見えてくる(新装再編版8巻337ページ)。

 虚子は1959年に逝去したので、さすがにスラムダンクを知り得るはずがないのだけれど、ここまで高頭に重なる人物を写生した句を読むと、タイムリープして湘北対海南大附属の試合を観たのでは? と思いたくなる。そして、あの試合を観たとして、高頭の扇、そこに注目するのかということに驚く。私なら、三井や流川を見てきゃーきゃー言うし、セクト・ポクリットの管理人は海南大付属のシューター、神を応援するだろう。ごくシンプルな一句から、どこまでも想像することができるところも、俳句の楽しさのひとつだ。

岸田祐子


【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。


【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔3〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子
〔4〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔5〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔6〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔7〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子


◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。



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