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【夢の俳句】

【夢の俳句】

【解説】みなさんは夢、ご覧になるでしょうか。夢といえば、フロイトの『夢判断』が有名ですね。古来より、お告げだとか縁起が悪いとか、宗教的な文脈で語られることが多かった夢は、人間の精神にかかわるものとして、いまでも研究がつづけられています。

画期となったのは、1950年代に「レム睡眠」が発見されたことではないでしょうか。この言葉もすでに一般的になりました。「レム(REM)」は、「高速眼球運動(Rapid Eye Movement)」の略称。一般に、人間は90分のインターバルで、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すのですが、夢の多くはレム睡眠中に見るものです。

レム睡眠は、爬虫類や両生類などの下等動物にもみられる、発生学的に見るととても昔からある睡眠のかたち。いわば、休憩モードの睡眠。一方、ノンレム睡眠は、特に霊長類など大脳皮質が発達した動物で主要な睡眠。正確にいえば、このノンレム睡眠のときにも夢は「見ている」のですが、ぼんやりとした「淡い夢」であることが多いので、記憶に残りやすいのはレム睡眠時の「濃い夢」であるというわけです。

ごく一般にいえば、夢は見るものであって、聴くものではありません。嗅ぐものでもない。つまり、夢は視覚が中心です。しかし、なかには匂いや音に満ちた「感覚的」な夢を見る人もいるそうです。みなさんは、そんな不思議な夢、見たことありますか? 

ちなみにいい匂いをかいで寝ると、心地いい夢を見るそうです(逆もまたしかり)。もしあなたの恋人や配偶者が「いい匂い」だと思うのなら、同じベッドで寝ることは、多少寝相が悪くても「いいこと」なのかもしれません。まあ、あなたが相手にとって「いい匂い」であるかどうかは、わかりませんし、あなたの鼻がどれほど敏感かという問題もあります。

ちなみに、世の中には、「好きな夢を見られる」という謳い文句の「おもちゃ」(ただし「対象年齢20歳以上」!)があるようです。販売者はあのタカラ。

この「おもちゃ」には、視覚情報をコントロールする機能、ボイスレコーダー機能、BGM機能、芳香発生機能などがあり、それが連携して働くことで、嗅覚や聴覚など複数の感覚を刺激し、その人が見たい夢の内容に近づけるのだという。うーん、使ってみたい人いますかね?

夢の面白さは、現実の体験や気分と少し関係性がありつつも、しかし基本的には見るものを選べないという「偶然性」にあるのかもしれません。あるいは逆に、その「偶然性」から、日常を支配している気分や気持ちを判断するバロメータになったりと。おそらく、その「体験」は人の数だけあるのでしょうし、その意味では夢を読み解く謎=テクストだと考えたフロイトの先見の明は、まだまだ健在のようにも思えてきます。

俳句では【春の季語】に「春の夢」がありますが、こちらは「春眠」からのつながり。【夏の季語】として「夏の夢」が使われることも稀にありますが、こちらは「真夏の夜の夢」からの連想でしょうか。あとは【新年の季語】に「初夢」があるばかりですが、しかし「夢」は俳句における一大テーマのひとつ。夢を扱う文芸は、シュルレアリスムだけではないのです。


季語以外の「夢の俳句」

【春】
初蝶を夢の如くに見失ふ 高浜虚子
みんな夢雪割草が咲いたのね 三橋鷹女
春愁や齢を外に夢老いず 吉屋信子
上官を殴打する夢四月馬鹿 沢木欣一
少年に空とぶ夢や春の山 大串章
蜆汁母在りし世を夢かとも 三森鉄治
人様の夢に出て春全うす 佐々木六戈

【夏】
短夜の鶏鳴いて夢悪し 正岡子規
号外や昼寝の夢を驚かす 正岡子規
すぐ来いといふ子規の夢明易き 高濱虚子
短夜や夢も現も同じこと 高濱虚子
短夜の夢の白さや水枕 鈴木しづ子
一炊の夢の色ともねぶの花 菅原多つを
西日中大戦の夢焔なす 石原八束
蛤の夢に雀のころの磯 上田五千石
さるすべりしろばなちらす夢違ひ 飯島晴子
何もかも夢も抜けたり籠枕 森澄雄
空泳ぐ鯨の夢をハンモック 芹沢保
白秋も啄木も夢明易し 倉田紘文
妻に夢少し残りし白牡丹 石寒太
短夜の夢に極彩色の鳥 片山由美子

【秋】
七夕や夢に驚く斧の音 正岡子規
蜻蛉の夢や幾度杭の先 夏目漱石
出歩けば即刻夢や秋の暮 永田耕衣
紅葉山夢のとおりに道迷い 渋谷道
わが夢にきらめく雁の泪かな 真鍋呉夫
八千草も夢猫も夢妻も夢 後藤比奈夫
新秋や女体かがやき夢了る 金子兜太
菊枕二つ重ねて夢もなし 手塚美佐
白昼夢目覚めて秋の団扇かな 矢野柳紅
夢多くして/痙攣する芒 松本恭子
天高し夢に梢を踏み歩く 岩田由美

【冬】
夢よりも現の鷹ぞ頼もしき 芭蕉
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る 芭蕉
雪折やよし野ゝ夢のさめる時 蕪村
不忍や水鳥の夢夜の三味 河東碧梧桐
水鳥の夢驚かす驟雨哉 寺田寅彦
われに来る夢美しき冬籠 森澄雄
朧梅や夢の山みな古墳型 澁谷道
よく眠る夢の枯野が青むまで 金子兜太
半身は夢半身は雪の中 宇多喜代子
餅焼くや行方不明の夢ひとつ 折笠美秋
一睡にもの食ふ夢や年の暮 小川軽舟

【新年】
年寄の夢の淡さよ宝船 後藤比奈夫

【無季】
わが朝の夢におくれて来し鳥か 中村苑子



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