マフラーの長きが散らす宇宙塵
佐怒賀正美
昨年12月、小惑星リュウグウの石や砂などの試料入りカプセルが、小惑星探査機「はやぶさ2」本体から切り離されて、宇宙空間から大気圏に突入、流れ星のような火球となって降下し、オーストラリアの砂漠地帯に帰還したのは記憶に新しい。
果てしない宇宙空間と地球との繋がりに心躍るニュースであるが、実は、宇宙科学という人の営みの結晶ともいえるこのカプセルだけでなく、自然の営みの中においても、宇宙空間から大気圏の層をくぐり抜け、地球に降り注いでいるものがある。それが掲句の眼目であり、すこぶる魅力的な〈宇宙塵〉だ。
宇宙から降ってくるものの中で、人が目で確かめられるほどの大きさをもつものを隕石、人が目で確かめられる大きさの限界以下のものを〈宇宙塵〉とよぶ。その限界とはだいたい人の髪の太さ、100〜200μm(0.1~0.2mm)といわれており、多くの〈宇宙塵〉は直径数μmというから非常に小さいことがわかるだろう。ちなみに、地表に落ちてくる途中で大気との摩擦によって燃えつきるものもありそれは流星として私たちの目に映る。
なんと〈宇宙塵〉は地球に1年間に100万トンも降ってきているらしい。また1年間に1平方メートルあたり1粒の割合で、地球上に落下しているという。筆者の計算が正しければ、新宿御苑であれば、1日に1597粒、セントラル・パークであれば、1日に11808粒に降ってきているとのこと。散歩中のわたしたちの肩に降りかかっていることだってあり得る。
マフラーの長きが散らす宇宙塵
だから冬の外出時に首に巻くマフラーが、〈宇宙塵〉を散らすことだってあり得るのだ。
その〈宇宙塵〉1粒の化学組成は太陽の化学組成とほぼ同じであるということで、それは45.6億年前の太陽系形成時に、〈宇宙塵〉が形成されたことを意味するという。
地球上の日常アイテムの〈マフラー〉と、光年の彼方から来た、太陽系と年齢をともにする、目に見えない微粒子〈宇宙塵〉との出会いの楽しさに目まいする思いだ。
言い換えれば〈マフラーの長きが散らす〉までの地球上の日常の何気ない動作が〈宇宙塵〉によって宇宙規模の物語に変容している。上五中七そして下五と読むに従って、意識の世界の範囲が広がる快感を、皆さんにぜひ味わっていただきたい。
日頃の生活の中では、自分が宇宙にいるという実感はないかもしれないが、それは紛れもない事実ということを、掲句は思い出させてくれるのだ。
さあ、今日は、宇宙に住む一員として、マフラーをして出かけてみよう!!
と、筆を置こうと思った矢先に、〈宇宙塵〉のさらなる情報が筆者の目に入った。地球上に落ちてくるものの他にも、太陽系内の惑星間や、さらに太陽系外の恒星間に宇宙空間に分布する固体の微粒子も〈宇宙塵〉と呼ぶらしいのだ。
この〈宇宙塵〉は、天球上における太陽の見かけ上の通り道である黄道のあたりに広がり、日が暮れた直後の西の地平線、もしくは明け方の東の地平線から、太陽の光を反射して、天頂に向かって伸び、天の川よりも淡い光の帯となる。これは黄道光とも呼ばれ、日本ではおもに、ちょうど今、1月から3月に見られるという。
マフラーの長きが散らす宇宙塵
そう思って読んでみると、このマフラーがぐんぐんと伸びてゆき、とても〈長〉く、それも宇宙規模に〈長〉くなって天空の黄道光を散らす風景が見えてきた。こんな想像の楽しさも、皆さんにぜひ体験していただきたい。
マフラーの長きが散らす宇宙塵
最後にここだけの話だが、実は掲句を声に出して「まふらーのながきがちらすうちゅうじん」と読むと、頭は一瞬どうしても〈うちゅうじん〉を「宇宙人」と思いたいらしい。
そのたびに、ふふっと微笑む筆者を「それもお見通し」と、ふわっと包み込む、宇宙規模の度量の広さを掲句に感じてしまう。
〈宇宙塵〉は、好奇心・想像力・諧謔(ユーモア)精神を備えた豊かな独創性の賜物として句中にあり、その独創性が、読者の好奇心・想像力・諧謔(ユーモア)精神を活性化し、読者を奇想天外な世界へ誘ってくれる。掲句は、小惑星リュウグウから来た、宇宙の秘密を蓄えたカプセルのように、わくわく感満載の一句なのだ。
(月野ぽぽな)
【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino
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