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初場所や昔しこ名に寒玉子 百合山羽公【季語=初場所(冬)】


初場所や昔しこ名に寒玉子

百合山羽公
(「日本大歳時記 新年」昭和56年 講談社)


羽公の句の魅力の一つは独特の抜け感にあり、鈴木豊一の言葉を借りるなら、「有情滑稽」という評はたしかにふさわしいように思われる。掲句は、相撲取りのちっとも強そうに聞こえない四股名が面白く、行事が厳めしい顔をして「かんたまごー」と勝ち名乗りをあげる景を浮かべるだけでちょっと笑ってしまう。しかも、それが季語であるところが俳人へのフックにもなっている。

それにしても、とおもって検索すると、本当に「寒玉子爲治郎(かんたまごためじろう)」という四股名の力士がいた。羽公の六歳年長で、ほぼ同じ世代で土俵に上っていた力士であるので、それなりに思い入れがあったものか。句の初出がわからないのだが、だいぶ後年になってそれを思い出して詠んだものだろうと思われる。そしてこの句は、久保田万太郎の「初場所やむかし大砲萬右衛門」の本句取りでもあるだろう。大砲(おおづつ)は、子規や漱石とほぼ同世代の力士で、万太郎が子供の頃の横綱だから、彼にとっては文字通りのヒーローだったかもしれない。もうひとつ、万太郎が同世代の力士ならぬ行司を詠んだ句「初場所やかの伊之助の白き髯」は、19代式守伊之助が白く長い髭を蓄えて土俵に上っていたことにちなむ。この両句をみると、万太郎の相撲への深い思い入れ(愛)がわかるけれども、彼の思い入れからくる有情はあっても、羽公の句のような滑稽味は感じられない。今年はこのコロナ禍の影響で80人を超える力士や関係者の休場がありながら初場所が強行されているが、あまり熱心な視聴者ではない私はまったく見ていない。泉下の万太郎や羽公ならどんな句を詠むのだろう。そういえば、いまでも「寒玉子」のような面白い四股名の力士はいるのだろうか。

橋本直


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。



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