【連載】
新しい短歌をさがして
【13】
服部崇
(「心の花」同人)
毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。
台湾の学生たちに短歌を語る
本年五月、台湾の新北市にある輔仁大学(外語学院日本語文学系)にて講演を行う機会を得た。講演のタイトルは「短歌を語る」。短歌との出会い、短歌の魅力、創作の秘訣を語ってほしいとのリクエストであった。台湾の日本語学科の学生に対して何をどのように語ればよいのだろうか。少し悩んだが、好きに話をさせてもらうことにした。
短歌との出会いについては、私の実家からほど近い石薬師にある佐佐木信綱の生家を初めて訪ねた際の話をした。そして、佐佐木信綱、前川佐美雄、塚本邦雄、佐佐木幸綱の歌を三首ずつ紹介した。
①佐佐木信綱(一八七二(明治五)~一九六三(昭和三八))
・幼きは幼きどちのものがたり葡萄のかげに月かたぶきぬ
・ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲
・春ここに生るる朝の日をうけて山河草木みな光あり
②前川佐美雄(一九〇三(明治三六)~一九九〇(平成二))
・胸のうちいちど空にしてあの靑き水仙の葉をつめこみてみたし
・春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける
・春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ
③塚本邦雄(一九二〇(大正九)~二〇〇五(平成一七))
・革命歌作詞家に凭りかかられてすこしずつ液化してゆくピアノ
・戰爭のたびに砂鐵をしたたらす暗き乳房のために禱るも
・馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ
④佐佐木幸綱(一九三八(昭和一三)~ )
・なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌は
・ゆく秋の川びんびんと冷え緊まる夕岸を行さ鎮しずめがたきぞ
・竹に降る雨むらぎもの心冴えてながく勇気を思いいしなり
短歌の魅力については、いくつかの対句を挙げて語ることにした。「短歌と俳句」、「定型と自由」、「韻文と散文」、「文語と口語」、「一首と連作」を挙げた。そして、短歌史を振り返った。万葉集、古今、新古今、短歌革新運動、モダニズム短歌、奴隷の韻律、前衛短歌、現代短歌。万葉集以来の短歌の伝統と現代短歌に至るまでの革新の話をした。さらに、「パリ短歌」、「台湾歌壇」など海外詠について触れた。
創作の秘訣については、「継続と瞬間」、「写実と象徴」、「詩、調べ、響き」をキーワードとして挙げた。全歌集を読んだことなどを紹介し、「読む」と「詠む」の両方を継続することの大切さについて語った。
日本語学科の学生たちの語学力には驚かされた。
「短歌を作る時、語彙数は重要でしょうか。」
「どうすれば美しくて上手に伝えられる短歌が作れるのでしょうか。」
「いい短歌とはどんな短歌なのでしょうか。」
「創作するときにスランプに陥ったり身動きが出来なくなったりした場合、その時間をどのように過ごしますか。また出来るだけ早く抜け出す方法はありますか。」
こうした質問に思いつくままに答えながら(そんなことがわかれば苦労しないと思いながら)、台湾の学生たちとの楽しい時間を終えた。
輔仁大学の日本語学科の学生たちのなかには、百人一首と競技かるたに興味があり「百人一首同好会」を始めた学生もいた。台湾の若者の間にも短歌ブームが到来しているのかもしれない。
【輔仁大学に関する情報はこちら↓】
輔仁大学とは…
1925年に創立された、台湾や中国語圏における初のローマ・カトリック系大学(大学設置は1927年)。高い国際性を持ち、台湾の私立大学でも難関校として知られている。
住所 台湾新北市新荘区中正路510号
ホームページ https://www.fju.edu.tw/
ホームページ(日本文学系)http://www.jp.fju.edu.tw/layout/oneblue/vvindex.jsp
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。
Twitter:@TakashiHattori0
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】