【連載】
新しい短歌をさがして
【5】
服部崇
(「心の花」同人)
毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。
配置の塩梅
9月初め、奥田亡羊から各自「私の短歌論」(400字以内)を書いてみないかと提案があった。これに従い、以下を9月10日に書いた。
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私の短歌論 点と線の配列 服部崇
短歌とは、予め規定されている一定の分量に整えられた、漢字、カタカナ、ひらがな、アルファベットその他の文字と記号による点と線の配列である。
短歌の「読者」としては、点と線の配列を解読できる者、すなわち、人間、人工知能(AI)、高度な知能を有するその他の生物(宇宙のどこかにいるのだろうか)が想定される。
短歌は、基本的には、耳で聴くよりも目で視るものである。実際、多くの人たちにとって、短歌は耳で聴くよりも目で視ることが多いはずだ。
古代では耳で聴くことが多かった。また、ポッドキャストなどの進化に鑑みれば、将来は耳で聴くことが多くなるかもしれない。しかし、視ることによって得られる情報は少なくない。
視力を有しない者が(機械を含む)他者による助けを得て短歌に接する場合には、短歌の一首一首が体現する点と線の配列の有り様を部分的であっても想像することとなる。
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さて、今回は、武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)を取り上げる。
武藤の第一歌集である本歌集には、文字の配置に工夫を凝らした作品がいくつも収められている。歌集は縦書きで組まれている。他方、本稿は、横書き、一行の字数も異なる。このため、歌集における表現をここでそのまま再現することはできないが、以下、想像を凝らして読み進めてほしい。
加藤
佐藤
伊藤
遠藤
後藤
武藤
いま藤棚は概ね見頃
作者・武藤の苗字に「藤」が含まれていなければこの一首は作られることはなかっただろう。歌集では紙面の上部にさまざまな「藤」が並んでいる。
ふんわりとわたしのいきをくるんだらあきのそらへとゆけしゃぼん
玉
この一首は冒頭二字下げで始まり、二行目の冒頭に最後の「玉」がくるように置かれている。表記上も「玉」がふんわりと上昇していくように見せている。
渡
り
鳥
渡
ら
せたあと空はもうすることがない
暮れることしか
渡り鳥がV字型を成して飛んでいく様子を字の位置で表現している。また、結句は、改行し、四句目の最終文字の次の位置に当たる十六字目からスタートしている。
これまで標記の工夫を行った先人としては、俳句の高柳重信、短歌では塚本邦雄が思い浮かぶ。たとえば、塚本邦雄の第一歌集『水葬物語』(メトード社、1951)には次のような実験的な作品が収められている。
エスキヤルゴオ ・ かたつむり
エコルス ・ 樹の皮
エコオ ・ うはさ
エスキヤルパン ・ 舞踏靴
エリス ・ らせん
エリプス ・ だえん
エスキナンシイ ・ に扁桃腺炎
上部にエで始まる言葉をカタカナで並べた。七・四・三・七・三・四・七と文字数に心を配っていることは明らかである。そして、下部には、ひらがなと漢字を用い、五・三・三・三・三・三・五と文字数を配置した。
こうした先人の取り組みを踏まえ、武藤は、短歌の表記に新たな工夫を凝らした。こうした「遊び」は面白くもあるが、やりすぎると読者に引かれてしまう可能性もある。上記に引いた作品はその微妙な配置の塩梅をうまく処理している作品だと感じた。
第一歌集。
合唱の声が次第にまとまって誰の声でもな声となる
それぞれに満月ひとつ詰められて販売される花札の箱
海中(わたなか)の世界で飛び魚が語り伝える風の体験
不思議な歌集だと思う。
この歌集では、しばしば現代短歌の主役をつとめる<われ><現在><人間>が主役ではなく、脇役をつとめたり、全く出てこなかったりする。
だからだろう、私たち読者は、どこに連れて行かれるか分からない楽しみと冒険とほんの少しの不安を味わうことになる。
ーー佐佐木幸綱・帯文
『春の幾何学』より五首
どこから来てどこへ行くかと駅員に根源的なことを聞かれる
光線が斜めにさして垂直に生命(いのち)たちゆく春の幾何学
たんぽぽの綿毛預かり青空はまたたんぽぽの配置を変える
さざなみにしばし休んでもらうため今朝湖は氷を張った
少しずつ薔薇色帯びてゆく宇宙 天文学者の晩酌進む
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。
Twitter:@TakashiHattori0
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】