ある年の誕生日のことである。大寒に相応しく小雪が舞っていた。紫の葉牡丹は粉砂糖をまぶしたケーキのように渦を巻いた。夜の8時を過ぎた頃に「今日は無理」というメールが届く。一人で過ごす誕生日を少しでも華やかなものにしたいと考え、喫茶店を出た。ワインバーの前で佇んでいると、「よかったら一緒に飲みませんか」とギターを背負った青年に声を掛けられた。私は何かを表現しようとする人が好きだ。「どんな曲を弾くの?」と聞いた。「本当はハードロックが好きなんだけど、ボーカルが甘い恋の歌しか作らないので、ちゃらい曲を弾いてます」。そこまで聞き出してしまった以上は飲むしかない。朝まで音楽の話と詩の話で盛り上がった。淋しくも少し楽しい誕生日となった。
ギタリストは不思議な人で、普段は連絡が取れないのだが、私が恋人とすれ違った日にかぎって「飲みませんか」というメールがくる。私の淋しさを埋めてくれる年下の素敵な男友達に同棲中の彼女がいることを知ったのは、夏の頃である。結婚を望む彼女からギターを諦めて就職するよう迫られていること、部屋では飲酒を禁止されていることなどの理由から息が詰まってしまい、金曜日の夜はバンドの練習の後に街をうろついていたらしかった。ギタリストの彼女に申し訳ないという気持ちと恋人から結婚をほのめかす発言があったことなどもあり、「もう逢うのはやめよう」と告げた。
だが、半年後の冬にまた、ワインバーの前で佇んでいるところに声を掛けられた。二人とも大笑いである。彼女は結局、見合いをするため故郷に戻ってしまったらしい。私もまた恋人の仕事が忙しく、結婚の話は消えてしまっていた。「君が淋しい時だけで構わないから、また飲もうよ」と言われ、ギタリストとの交流は復活し、以前よりも親しくなった。ライブも見に行った。実は人気者であった。
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