土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠【季語=涼し(夏)】

土星の輪涼しく見えて婚約す

堀口星眠
(「橡」『角川俳句大歳時記』)

小学校の高学年になって間もない初夏の夜、姉の同級生の男の子が天体望遠鏡を持って家まで遊びに来た。昭和も終わりかけの頃のことである。私の故郷である茨城県つくば市には、「筑波宇宙センター」(昭和47年開設)があり、地元の子供達は天体に強い関心を示していた。昭和56年より発行された科学雑誌「ニュートン」でも天体に関する最新の研究が紹介されていた。姉のボーイフレンドは、面白いお兄さんで物知りなことから「博士」と呼んでいた。博士はいつも突然やってくる。ある時はギターを背負ってきたり、またある夜は大量の手花火を抱えてきたり。話上手であったためか母からも気に入られており、夕食後に突然やってきても歓迎されていた。

つくば市は、五月の連休が明けても夜はまだ肌寒く、澄んだ空気が星を磨いた。家の近くには小高い丘があり、博士が言うには、街の灯りから遠いその丘が観測に適していたらしい。天体望遠鏡で最初に覗いた星は木星であった。ぼんやりとだが縞模様が見えた。北極星やスピカは単なる丸にしか見えず、最後には筑波山の頂上の電灯などを見て楽しんだ。私が「土星が見たい」というと「今の時期に土星が観察できるのは明け方なので無理」と言われた。その夜は、9時過ぎまで真っ暗な丘の上で、博士と姉と私の三人で星を眺めた。それから一週間が過ぎた頃であろうか。姉が「今朝、土星を見ちゃった。ちゃんと輪っかがあったわよ」という。なんと、家族が眠っている午前3時にこっそりと起きだし、これまたこっそりと家から出てきた博士と一緒に見たらしい。私を誘ってくれなかったことが恨めしかったが、二人だけで見る約束だったのだろう。三歳年上の姉と博士は当時中学生で淡い恋心を抱き合っていたと思われる。

優等生の姉と違って博士は、好きなことに対しては情熱を燃やすが、興味のないことには見向きもしない性格であったため、学校の成績には偏りがあった。それぞれ別々の高校に進学してからは疎遠となった。

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