表現技法としては、山口青邨より学んだ写生の眼が見事である。
いくへにも水蜜桃にくる薄暮
かぐはしき冬青空といふ奈落
似かよひて火音水音竹の秋
花合歓やまつげの密に馬車の馬
写生から発展した時空への眼差しと心情の交差により、詩情を深めた。
秒音はあちらの世から花水木
蒲公英や海も柩も水平に
口笛といふ分身よ水温む
忘却のすでに光やつばくらめ
流氷を見てきて部屋にひとりづつ
時折見せる感覚的な描写は、金子兜太や中島斌雄の影響だろうか。リフレインや対比の表現は、長谷川櫂の影響かもしれない。
火のごとき山ひぐらしの未明かな
啄木鳥や身のうちそとの仄暗き
芯に塵たいせつな雪さういふ雪
梟や青衣の襞をふかうせよ
父に雉啼きゐて濡れてゐない沖
やがて独自の手法と世界観を表出するようになる。そのひとつに表記へのこだわりがある。平仮名を連続させた表記は、言葉遊びのようにも、水の流れのようにも見える。
青嶺遠嶺あふるるもののながれけり
色鳥や海すみずみのうごきゐし
くらがりにさかなかさなる霧氷林
あふむくやはるおほぞらのうつぶせに
たしかなるひそひそごゑやあめんぼう
最も顕著なのは、ルビの多さである。昭和初期に河東碧梧桐の弟子であった風間直得が提唱したルビ俳句とも違う独特のルビである。執拗なまでに付されたルビには、平仮名と漢字を同時進行で読ませたいという二重性を感じさせる。
駭きとほせよ円周の雛罌粟
汝を剰し左右左左右流れ星
天狼星やずずうずずうむ乳搾る
ながれゆくかたちととのひ寝釈迦
白鳥のこゑ天地の鹹し
召びいだす《ラ音》音叉に鶴の空
耕やこころの岸の黄そのまま
冬虹や歓歎を帯とし緊むる
青くるみ立哨が朝を待つやうに
ししむらに括ありけり秋の航
こんじきの菌斜面に四月かな
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