胸中に何の火種ぞ黄落す 手塚美佐【季語=黄落(秋)】

胸中に何の火種ぞ黄落

手塚美佐
(『昔の香』)

 作者は、昭和9年神奈川県生まれ。昭和26年、17歳の時より俳句を始める。昭和35年、26歳の時、石川桂郎主宰「風土」創刊号より編集同人となる。癌発病の桂郎を看護し、昭和50年に結婚するも、桂郎はその数か月後に死去。その後、永井龍男に師事。昭和52年、岸田稚魚主宰「琅玕」を創刊より編集。昭和59年、50歳の頃、茨城県へ移住。平成元年、「琅玕」主宰を継承。平成16年、句集『中昔』が茨城文学賞(俳句部門)受賞。平成25年、「琅玕」終刊。句集に『昔の香』(平成5年)、『中昔』(平成16年)『猫釣町』(平成18年)、手引書に『雨・虹』 (俳句創作百科) がある。

 石川桂郎の影響を受けた軽妙洒脱な詠みぶりと同時に独特の感性が光る作家である。 

  力抜けばどこかに力鳥渡る

  雲を見て十一月は余り月

  褻も晴もなき北窓を塞ぎけり

  懐かしみをればはやばや暦古る

  暦の寒まことの寒も来てゐたり

  独りとはたまたま独り亀鳴くや

  打つ手なき極暑の足を洗ひけり

 風狂の人と呼ばれた桂郎への想いなのか、風狂なことを詠んだ。

  今生の狂ひが足らず秋螢

  地獄より来るてふ人を魂迎へ

  これを憎みこれをたぐりぬ枯かづら

  地の底とつながる蓮を掘りあぐむ

 常に異界と繋がっているような、目に見えぬものを手繰り寄せるような不思議な世界観は、深い抒情を伴った。

  踊りゐてうつし身の顔失せゆきぬ

  身の奥の百物語秋ついり

  花鳥風月虫を加へてゆめうつつ

  火の鳥が翔ちて山火の鎮まりぬ

  寒牡丹別の日暮が来てをりぬ

  三椏が咲いてきのふの夢枕

  隣る世へ道がありさう落し文

 古典文学の知識によって磨かれた描写力は、ゆったりと読者の心を満たす。

  白に酔ひくれなゐに醒め梅の中

  冷えさびといふ片栗の花あかり

  渾身の日々はたまゆら樗咲く

  袖払ふ定家かづらに昔の香

  水べりは独りの居場所花かつみ

  色なき風織りて色なき葛布かな

  汲みわけて井筒の水の去年今年

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