俳壇からの高い評価とは裏腹に、表現には常に迷い続けたようだ。若い頃より、さまざまな句会に参加し、色々な句柄を学び研鑽を積んできた。
この部屋に何告げに来し素足かな 平成一三年
「ずっと伝統的な俳句らしい俳句を作りたかったのだが、それだけではないものにも魅力を感じていた。俳句らしくまとめなくてもいいのだと。」
一鉢にしてこぞり立つ小菊かな 平成一四年
「写生句が好きだ。一物は特に。じっと見ていると、どこかが光ってくる。」
鳴きだせば蜩の木のとほざかる 平成一八年
「客観的にとか俳句らしくとか考えて作るのではなく、自分が感じたことをそのまま写生すればよいのだ。」
拭いても拭いても鏡に桜顕はるる 平成二五年
「自分の作品に自身がもてず、変えたいという思いがいつもある。この方向でいいのか自分ではわからない。模索しながら作り続けるしかない。」
これらの迷いは、後進の私が現在背負っている逡巡であり、未来の私が抱く悩みでもある。作家としてあまりにも正直な吐露に何かしらのヒントを貰ったような気がした。
句会では、写生や景の描写に拘りを見せる作者だが、観念的な句や空想的な句も見受けられる。
百年は死者にみじかし柿の花
迷宮をころがる毬や春のくれ
蓮の実のとぶや極楽飽きやすく
忘れ去り忘れ去り冬萌ゆるかな
現し世は夢みるために独楽の紐
吾もまた誰かの夢か草氷柱
ひるがほや永劫は何待つ時間
ふくろふの貌のくるりと悔いはあるか
しかし、本領は写生にあるのだろう。私自身も写生の楽しさは、慶子さんに教えて貰ったようなものだ。
湯冷めして廃墟の中に立つごとし
戸袋へ走り入る戸や去年今年
大寒の海に翼の触るる音
道に出てみな待春の影法師
ぼんやりと鯉の影ある金魚かな
おほぞらはつかむものなし春疾風
揺れながら照りながら池凍りけり
踏む影のそばからあふれ盆踊
水渡り来し一蝶や冬隣
引き汐に貝のひかりや寒の入
梅雨深し一つ色して亀と鯉
第五句集『雪日』では、父親の介護と死、恩師である斎藤夏風、黒田杏子の死が続いた。 白さざんくわ白さざんくわ父病めり
長き夜の認知症とは白き闇
骨拾ふえにしに星の流れけり
かく急ぎたまひし今年の花も見ず
挽歌みな生者のために海へ雪
自註の最後の方では、迷いなき心情が記されている。
白山茶花あふれ咲きあふれ散り 令和五年作
「句が生まれる瞬間は一瞬で、直感に近い。そこには倫理が挟まる余地がない。だから無意識に選び取った季語と韻律は自分の心と響き合うのだろう。」
写生からはじまり迷いつつあれこれ試して再び写生に戻りを繰り返し、究極の写生にたどり着いたのだ。
香水や時計は少しづつ狂ふ
わが身より狐火の立ちのぼるとは
私のなかの藺草慶子さんのイメージは、好奇心旺盛で神出鬼没。吟行では一人にならないと詠めないらしい。
涼しさのいづこに坐りても一人
どこにでも行けるさびしさ白日傘
旅立たむ枯野の吾と逢ふために
『藺草慶子集』は、作家としての一つの折り返し地点なのだろう。これからも慶子さんの冒険の旅はつづく。
綿虫と吾ともろともに抱きしめよ 藺草慶子
綿虫は、腹部の末端に白い綿状の分泌物をもっている体長約二ミリの小さい虫である。冬になるとふわふわと浮遊し、白く光って見える。東北地方では、初雪の頃に舞うため雪虫・雪蛍とも呼ばれている。掲句の綿虫もふわふわと身の回りを飛んでいたのであろう。風に漂うように舞う綿虫は、自身の心の迷いのようでもある。その迷いもろとも抱きしめて欲しいと訴えているのだ。〈抱きしめよ〉という強い表現は、控えめな態度を示す相手へのもどかしい気持ちが込められている。自身と自身の身の回りに付随するもの全てを受け止めてくれる包容力と奪い去ってくれる強引さを求めているのだが、そうしない相手なのだ。抱きしめてくれたのなら、迷いも吹っ飛ぶのに。
男性にかぎったことではないが、ここぞという時に一歩前へ進めない時がある。頭の中では、今この瞬間がチャンスと思っているのに急に思いとどまってしまう。相手からしたら、煮え切らない態度に苛立ちもするし、分かり合えないようにも感じるだろう。
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