
バレンタインデー艶福にして子煩悩
澤田緑生
(『緑標』)
作者は大正7年、名古屋市生まれ。水原秋櫻子に師事し、昭和25年「馬酔木」同人。「馬酔木」では若手有力同人として嘱望された。同時期には、能村登四郎、林翔、藤田湘子、馬場移公子、殿村菟絲子がおり、巻頭を競い合った。昭和37年、「鯱」創刊主宰。結社名は、名古屋城のシンボルである金鯱からであろうか。昭和20年に空襲で焼失した金鯱が復活したのが昭和34年。まだ眩しいほどの光を放つ鯱を「馬酔木」の支部句会名とし、後に結社名にしたと思われる。句集に『雪線』(昭和48年)、『女神』(昭和58年)、『極光』(平成4年)、『緑標』(平成9年)、『遺跡』(平成12年)、『雀百まで』(平成18年)がある。
旅先で詠んだ句が有名でその土地の景を鮮やかに切り取る。
オーロラは天の羽衣樹氷立つ
送水会待つゆふぞらの水に似て
五島牛にロザリオかけて牧を閉づ
杏咲く雲の奥にも長寿村
珊瑚草雨月の沖の光りをり
どのような縁があったのか、北海道で詠んだと思われる句が多い。
湯豆腐や流氷の牙夜も見えて
流氷の動かねば雲流れをり
はまなすや字名にのこる鰊来群
霧騒ぎいたましきまで鮭群れつ
山を詠んだ句も多い。冷静な視点でたんたんと描写ながらも眼前にぐっと迫ってくるような臨場感を持つ。
日の暈の岳に被さり雪を待つ
火口壁雪崩をさそふ雲過ぎつ
岳人の鈴の鳴り過ぐ二輪草
雨ながら穂高のあをし遅桜
虹の輪を噴煙荒れてつらぬける
水孜々と氷河を流る水無月は
自身のこともしっかりと写生している。初老のころまではあった角も徐々に取れて、穏やかに過ぎてゆく日々が読み取れる。
わが性のまだ角とれず冷奴
七十路の坂緩やかに初明り
古稀過ぎの光陰螻蛄の鳴くに似て
八十路なるわれも知らざる薬の日
卆寿過ぎ白眉彩づく初鏡
どのような恋をしたのかは分からないけれども、滑稽味のあることも、人間味のあることも、抒情的なことも詠んだ。
竹夫人下半身はなかりけり
初鰹亭主関白つらぬきて
空白の日記に挟む勿忘草
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