バレンタインデー艶福にして子煩悩 澤田緑生【季語=バレンタインデー(春)】

 バレンタインデーの句は、緑生の句のなかでは少々俗っぽくて滑稽味のある句となっている。

   バレンタインデー艶福にして子煩悩   澤田緑生

 「艶福」とは、広辞苑によると「女にもてる、男のしあわせ」と記載されている。例えば、現在一万円札の渋沢栄一は、正妻の他に複数の愛人がいたといわれる。令和3年の大河ドラマ『青天を衝け』では、栄一の艶福家ぶりがどう描かれるのか話題となった。日本の初代内閣総理大臣の伊藤博文は、お相手する女が掃いて捨てるほどいたため「(ほうき)」というあだ名がついたとか。その女遊びぶりは、明治天皇にたしなめられるほどであったという。第4、6代の2回にわたり内閣総理大臣になった松方正義も女好きで、15男11女の26子をもうけた。子沢山伝説といえば、渋沢栄一も20人近くの子供に恵まれた。伊藤博文は、公表実子は5人で、艶福家の割には少ない。

 「英雄色を好む」といわれるように歴史上の英雄の多くは複数の妻や恋人を持つ。高貴な家の生まれであれば、より多くの子孫を残さなければならない。遺伝子を残そうとする本能なのだろう。ちなみに、今年の大河ドラマ『豊臣兄弟』の主人公の兄である豊臣秀吉は、天下人になった後に300人の側室を集めたといわれる。実際に寵愛したのは20人ほど。子供については諸説あるが、淀君との間に生まれた鶴松(早逝)と秀頼が有名である。秀吉は、女好きであったが子沢山ではなかった。それゆえ、晩年に得た秀頼を溺愛した。

 女好きの男、女にもてる男というのは、まめな人が多い。情が深いため、女に愛されるのである。複数の女を同時に愛する人に対し「情が深い」というのは可笑しなことであるが、どの女に対しても本気であり、全員本命なのだ。だから子供に対しても愛情深く接する。そう考えると掲句の〈艶福にして子煩悩〉は、当たり前のような気がしてしまう。

 〈艶福にして子煩悩〉なのは、自分ではなく他者の描写なのだろう。バレンタインデーに艶福家の男が沢山チョコレートを貰っていた。格好良くて、もてる男なのだが実は子煩悩であることを作者は知っていた。女好きで女にもてるけれども、子供が一番なのだ。子供のためにも浮気はよろしくない。でも女にもてたいのは男の本能である。普段は格好良いことを言って、甘い言葉で女を口説いていても、家では「パパでちゅよ~」と言いながら子供をあやしているような滑稽な男なのだ。女からしたら興醒めになるはずなのだが、子煩悩な男というのは、それもまた魅力的に見えてしまう。掲句の言いたいことは、女好きで子煩悩なくせにもてるアイツということであろう。その裏には、バレンタインデーに対する恨めしい気持ちがある。このような人間味のある句もまた緑生の魅力である。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



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