だが、実は違うのではないか。これらの物語は、恋というものが罪であることを語っているのではないか。恋をする者は秩序を乱す。恋をする者に、世の中の法律とか倫理は通用しない。この世の支配者もしくは共同体〈社会〉にとって恋とは、秩序を壊す無秩序な存在なのである。支配者及び共同体は、世の秩序を保つために、恋を管理しなければならなかった。この世である〈社会〉が認めた恋以外の恋をすれば社会的に抹殺されるという倫理観を作らねばならなかった。社会的に抹殺とは、存在の死であり、もしくは死そのものであった。それを物語化したのが、上記にあげた古代の物語。それは、日本文学の支流として今も受け継がれている。恋の罪を犯せば、流刑という社会的抹殺が待っていることを古代の物語は語っているのだ。
恋とは、古代より今に至るまで〈社会〉によって管理されている。自由主義のこの時代ですら、恋は自由ではないのである。ひと昔前は、社内恋愛禁止の会社も多く存在した。今でもアイドルは恋愛が禁止されている。それは恋という感情が、社会のシステムを壊すからである。我々は〈社会〉によって決められた恋愛しかできないように操作されているのである。
確かに、恋は人を狂わせる。恋という感情によって起きた事件は多く、時には戦だって起きてしまうのだから。国が滅ぶことだってあり得る。だが禁じられた恋ほど甘い匂いのするものはない。
杜鵑草遠流は恋の咎として 谷中隆子
杜鵑草は、別名「油点花」。花には血痕のような赤い斑点がある。恋をすれば己も相手も傷つき血を流す。他人を傷つけることもあるだろう。だが、社会的抹殺をも恐れぬ恋、あるいは死をも恐れぬ恋というのは、なんとも美しい幻想を抱かせる。恋に制約があるのも、その制約を破る恋ができるのも人間だけに与えられた特権なのだから。
(篠崎央子)
→→→ 谷中隆子さんが主宰する「藍花」編集長のインタビューはこちらから(「ハイシノミカタ」【第5回】)。
【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。
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