たてきりし硝子障子や鮟鱇鍋 小津安二郎【季語=鮟鱇鍋(冬)】

たてきりし硝子障子や鮟鱇鍋

小津安二郎


小津映画を観ると決まって思い起こされることがある。

それは、スイスのグラフィックデザイナー、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンが提唱したグリッドシステムのことである。グリッドシステムとはその名の通り、グリッドを基準として、ポスターや書籍の誌面を合理的に構成するデザイン手法のことである。その成果物からは、客観的かつ機能的で清潔な印象を受ける。

この手法は、テクニカルな領分に必ずしも局限されるものではなく、むしろ世界そのものへの認識のあり方ともなりうるものだろう。実際、ブロックマンはグリッドシステムを紹介する著書の中で、ポスターや書籍だけではなく、建築物や都市計画といったものまでも例として取り上げている。

小津は、画面の構図に神経質なまでに拘泥したことで知られるが、その構図からは、グリッドシステムのデザイン思想に通ずるものを感じる。

小津映画において、日本間は舞台的な基調をなす。その中に立ち並ぶ障子や硝子戸の格子が、画面を構成するのに欠かせない要素となっていることは、あらたまり述べる必要もなかろう。この障子や硝子戸の格子こそがグリッドである、といえないだろうか。

また、小津映画の特徴としてロー・ポジションによる撮影があげられる。このポジションについては一般に「畳に座ったときの目の高さ」といわれているが、前田英樹氏が「畳に座る人物の目の高さより低く、寝ている人物の目の位置よりは高い。(中略)これは人が取り得る視線ではない」(『小津安二郎の喜び』講談社)と指摘しているように、人間的な視線を感じさせるものではない。むしろ、主観的な視点を分解的に排し、客観的で基準的な視点を得るための方途といえるのではないだろうか。このあたりも、グリッドシステムのデザイン思想と相通ずる。

ところで、1950年代は小津にとって「麦秋」や「東京物語」などの傑作を生み出した円熟期であるが、ブロックマンが自身のスタイルを確立したのもこの時期である。

換言し付言すると、この時期は、ブロックマンらが主導したインターナショナルスタイルが確立した時期ともいえる。大戦への反発として、国家に依拠しない統一的で画一的なデザインが志向され、インターナショナルスタイルへと結晶したのである。グリッドシステムはその代表的な手法といえる。

同時期という鏡面にひるがえってみるならば、小津が映画の中で表現しようとしていたことにも、インターナショナル的な視座が働いているといえないだろうか。

小津映画ではしばしば、戦争から帰還しないままの人物が語られ、ストーリーに深い陰影を与える。また、小津じしんも戦争経験者である。
とするならば、同時期に小津とブロックマンがやろうとしていたことは、いずれひとつことのようにも思えてくるのだ。

さて、掲出句をみてみよう。前述したように硝子障子は小津にとって基底的なモチーフといえよう。そこに鮟鱇鍋というグロテスクにも思えるカオスが点出されるのである。鮟鱇鍋は人間関係のメタファーであるかのように思えてならない。
規則性の支配する清潔な日本間において繰り広げられる、繊細で複雑な人間模様という小津映画の様式を、この一句は見事に象徴しているといえるのではないだろうか。

『小津安二郎の俳句』(松岡ひでたか著、河出書房新社、2020)所収

木内縉太


【執筆者プロフィール】
木内縉太(きのうち・しんた)
1994年徳島生。第8回特別作品賞準賞受賞、第22回新人賞受賞、第6回俳人協会新鋭俳句賞準賞澤俳句会同人、リブラ同人、俳人協会会員。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓




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