夕立の真只中を走り抜け
高濱年尾
7月のバスケ練習会の会場は、公立中学の体育館だった。会場は、その時によって変わるが、小学校か中学校の体育館を借りることが多い。大人になって、小学校に行くとその小ささに驚く。校庭も体育館もこぢんまりしていて、バスケットボールコートもミニバス仕様の大きさ。中学校になると、体育館はぐんと広くなり、コートも縦28m×横15mの公式競技用サイズだ。ただし、広いコートはそれだけ走る距離が長くなる。始めた頃は、中学校での練習は少し憂鬱だったけど、いつからかコートの広さを気にしなくなった。
絶対王者の山王工業を相手に、湘北は序盤から優位に立った。安西先生の「序盤は三井」との指示が功を奏し、三井が、3連続スリーポイントシュートを決める。しかし、後半開始早々、山王のエース、沢北のスリーポイントシュートが決まり逆転。体育館の外では、遠雷が鳴り始め、夕立が迫ってきている(新装再編版17巻87ページ)。
夕立の真只中を走り抜け
「夕立」は、夏の午後、短時間に降る激しい雨のことを言う。時に雷を伴い恐ろしいが、降り終わった後の涼しさが嬉しい。この句の、「走り抜け」には、まだ走っている最中の感じがある。速さなのか、強さなのか、なにかを夕立と競い合っているようだ。人、あるいは動物が、ずぶ濡れになりながら走っているのであれば、雨は髪や毛、筋肉を激しく打つ。車であれば、車体に落ちる雨が激しい飛沫となる。その躍動を「真只中」という言葉が真っ直ぐに貫き、現実的な景としてだけではなく、心情的な景としても立ち上がってくる。
作者は二代目ホトトギス主宰の高濱年尾。高濱虚子の長男として1900年12月16日に生まれた。先日、年尾の直弟子であった、ホトトギスの先輩が、句集や短冊、色紙などをくださった。その中に、年尾と先輩が一緒に山登りをしている写真があって、先輩は着物、年尾はスーツ姿だった。
湘北は、山王のゾーンプレスで、後半開始から2分で10点差をつけられる苦しい展開となる。湘北のスコアが凍りついている間に点差は開く一方だ。なんとか対抗しようとする宮城だが2人にマークされ身動きが取れず、三井はスタミナ切れ寸前、赤木は山王工業のセンター、河田とのマッチアップに疲弊している。観客も、記者も、他のチームの選手も、会場で試合を見ている全員が湘北の負けを確信する。雨は、ますます激しさを増してゆく(新装再編版17巻209~213ページ)。
(岸田祐子)
【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。
【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔3〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子
〔4〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔5〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔6〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔7〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔8〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔9〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二
〔10〕白衣より夕顔の花なほ白し 小松月尚
〔11〕滅却をする心頭のあり涼し 後藤比奈夫
〔12〕暑き日のたゞ五分間十分間 高野素十
〔13〕夏めくや海へ向く窓うち開き 成瀬正俊
〔14〕明日のなきかに短夜を使ひけり 田畑美穂女
〔15〕ゆかた着のとけたる帯を持ちしまま 飯田蛇笏
〔16〕宿よりは遠くはゆかず夜の秋 高橋すゝむ
◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。