一人一個ぼうぶら持つて前進す
小山玄紀
『ぼうぶら』より
10月31日はハロウィン。
私が勤めるケアマネ事務所はサービス付高齢者住宅の片隅にあり、施設の受付や食堂もハロウィン一色でにぎやかだ。併設のデイサービスではハロウィン仕立てのリースを作ったり、おやつはかぼちゃケーキ。単調になりやすい施設の生活に変化をつけるために、イベントを大いに盛り上げる。かぼちゃのお化けはしっかりと市民権を得ており、もはや「ハロウィンて何だ?」というご老人もいない。仮装して街に繰り出す若者には負けるけど、静かにそれなりに楽しんでいる。
ということで今回は句集『ぼうぶら』を繙いてみた。「ぼうぶら」は南瓜のこと、ポルトガル語に由来するらしい。1997年生まれ、「群青」同人の小山玄紀さんの第一句集である。句集を覆う筒状の函はカボチャの皮の深い緑色、そして本体はカボチャの実の色。実に凝った美味しそうな装丁をしている。そしてこの一書のタイトルとなったのは掲句。
一人一個ぼうぶら持つて前進す
はて、これはお祭か何なのか?なぜ一人一個持っている?どこへ向かって前進しているのだろう?謎かけのような一句である。でも何だか面白い。まず「南瓜」ではなく「ぼうぶら」という言葉の選択、そしてみんなそれぞれ違う形のぼうぶらを大切そうに両手で持っているのではないかとか、何やら宗教的な行事なのではないかと思わせるところとか、様々な想像が膨らむ。
あるいは、このぼうぶらとは「命」? 重い荷を抱えながら前進するのみの人間の哀しい性を詠んだのか?なぁんて深読みすればキリがないが、そんなことはナンセンスだからやめておこう。
他にもほぼ気になる句だらけなのだが、一部を抜き出してみる。
・鎌倉や歌声のする穴一つ
・絶えず鏡へ流込む谷の噂
・竹馬のまま見送りてくれにけり
・チョコレート砕けて秋の渚かな
・いつまでも都の羽根を待つてゐる
・旅せむと胸の柱をばらしておく
無季の句、破調もあれば、有機定型ももちろんある。言葉遊びではない、そこに何か実を伴う何かがあったことが感じられる。だが明確な答えはみつからない。
意味を削ぎ落したところに残された何かを素手で掬って言葉にしたような一句一句、その連なりが不思議な世界観を醸し出す。むしろ分かりやすく理解されるような句は全て排除したのだろう。他人に安易に共感されることを否定し、親しい誰かに当てたメッセージのようにも受け取れる。そもそも私なんぞが理解しようなんておこがましい、遠くから自由に解釈して楽しめば良いのだと思った。
これまでの受賞作、多くの秀句をばっさりと切り捨てての第一句集であることは、櫂未知子氏の序文、佐藤郁良氏の跋文に詳しい。両氏のことばは厳しくも慈愛に満ちていて、涙が出るほどの名文だ。機会があればぜひ読んでいただきたい。
小山玄紀さんは現在医師として働いておられるそうだ。私も一時期病院勤務をする中で、医師が背負うものの大きさを目の当たりにしてきた。せめて俳句という自己表現の場では、心を解放して詠み続けてほしいと願っている。
(黒澤麻生子)
【執筆者プロフィール】
黒澤麻生子(くろさわ・まきこ)
1972年千葉県生まれ。1999年「未来図」入会。2004年未来図新人賞受賞。2005年「未来図」同人。俳人協会会員。2009年「秋麗」創刊に参加。2017年刊行『金魚玉』(ふらんす堂)により第41回俳人協会新人賞・第6回与謝蕪村賞新人賞受賞。2021年未来図後継誌「磁石」創刊に参加。現役ケアマネジャー。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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