未婚一生洗ひし足袋の合掌す 寺田京子【季語=足袋(冬)】


未婚一生洗ひし足袋の合掌す)

寺田京子


アンケートや調査、問診票などで、「未婚」「既婚」いずれかにマルをつけよ、というタイプの設問に出会うことがある。ううむ…と思いながら未婚にマルをつける。婚姻歴のない独身者なのでそう書くしかない、のだが、違和感は残る。私は自分を「未婚」であると思ったことはないのだ。

「独身」は婚姻歴の有無を問わず現時点で配偶者がない状態を指すが、「未婚」はそうではない。人は皆いずれ結婚するはず、という価値観を内包していて、特に他人を形容する際には慎重に使うべき言葉だと思う。しかし詩歌においては、必ずしもポリティカルに正しいとはいえないこのような表現がぴたりと嵌まることがある。たとえばこの句。

 未婚一生洗ひし足袋の合掌す 寺田京子

この場合、「未婚」以外の語への置き換えは不可能。世の人が皆するはずの、という言葉の本来的な意味を踏まえた上での「未婚一生」なのだから。内面化された家父長制の匂いも含めてこの句の味わいだと思う。

掲句が収録されている第一句集『冬の匙』は1956年、寺田京子34歳の時に刊行された。人口統計資料集によると、1960年の時点で35歳で未婚の女性は全人口の6%程度。50歳時未婚率は2%を切っている。当時、結婚せずに一生を過ごす女性はきわめて少数派だったことが分かる。しかも作者の場合、その立場は自ら選び取ったものというより、病によるところが大きかった。「ひと華やかに飾る娘時代を、薬臭と、視野の限られた病室の壁を相手に、たどたどしく生きつづけて来た無為の私にとつて、この句集の刊行は、いはば私の花嫁姿にもなぞらへることができるであらう」句集のあとがきに寺田京子はそう書いている。

結婚して子供を産むことこそが女性の幸せ、という価値観は一面的なものだ。私は同意しないし、2021年現在では、世の中の意識もより多様な生き方を認める方向に変わりつつある。しかし、個人がそのようにありたいと願うことを誰が否定できようか。掲句を単なる絶望の句とは読みたくないが、かといって「未婚」に過剰にポジティブな意味を与えるのも、2021年を生きる者のバイアスだろう。

こんな句もある。

 足袋の型おろかし逢ひにゆくときも (『冬の匙』)

 手袋合掌させて蔵いし会いたきなり (『日の鷹』)

「足袋の型」の句は「未婚」の句の少し前に置かれていて、あわせて読むと叶わなかった恋の気配がする。第二句集に収録された「手袋」の句は内容も「未婚」の句とよく似ている。病身の作者にとっては自らの足でどこかに出かけることにも特別な意味があり、足袋や手袋はその象徴だったのではないだろうか。今日もまた命をつないだ…一日の終わりの「合掌」にそんな感慨が込められているように思う。

寺田京子は北海道の人である。北国に住む彼女が冬に履いていたのは防寒用の別珍足袋だったかもしれない。しかし、掲句を思うとき、私の目には染み一つない真っ白な足袋が浮かぶ。汚れやすい白足袋を丁寧に洗って皺を伸ばして干し、きちんと揃えて仕舞う。繰り返される折り目正しい動作は祈りに似る。白は花嫁衣裳の色であり、死装束の色である。

寺田京子が残した四冊の句集は現在いずれも入手困難な状況にあるが、現代俳句協会から刊行された『寺田京子全句集』(2019)で読むことができる。本稿の引用も同書に拠った。

(町田無鹿)


【執筆者プロフィール】
町田無鹿(まちだ・むじか)
1978年生まれ。「」「楽園」所属。2018年、第2回俳人協会新鋭俳句賞受賞。俳人協会会員


【町田無鹿の自選10句】

初夢に王たるわれや弑さるる

海苔揉むや菩薩思惟の手つきもて

ゴルゴタの起伏失せたる踏絵かな

削氷の峰崩落す蜜足せば

新蕎麦や旅にしあれば昼から呑み

レーニン沈め酢酸カリウム溶液冷ゆ

熊運ぶに二人掛かりや頭は擦つて

ポインセチアに隔て教務課学生課

生家遠し聖樹に綿の雪降らせ

息白く時折東京を憎む



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