【新連載】久留島元のオバケハイク【第1回】「龍灯」


五月雨や龍灯揚る番太郎

桃青
(芭蕉、六百番発句合)


五月雨を海と見立てて、松明を掲げる木戸番を龍灯のようだという。「龍灯」とは海や湖の上に見える怪しい光のことで、陸に揚がっていくように見えるともいい、竜宮からの灯明と考えられた。芭蕉の初学時代、談林風の俗な作品だが、幻想的でおしゃれな見立てだ。

「龍灯」は、一部の歳時記では「不知火」(秋季)の傍題として取り上げられることがあるが、芭蕉句は「五月雨」で夏季になっている。謡曲「白鬚」には、琵琶湖の龍神が白鬚明神に龍灯をささげる場面があり、同じく謡曲「九世戸」では天橋立で有名な京都府宮津が舞台となっている。ほかに高知県の蹉跎岬などが知られる。近代俳句では不知火ほどの知名度はないが、近世俳諧では、

 龍灯や心の月の晴る時 西鶴(西鶴独吟百韻自註絵巻、日本道にの巻)

という西鶴の句もあって、『新編日本古典文学全集61俳諧集』(暉峻康隆、雲英末雄、加藤定彦校注、小学館)の注釈では

白鬚の龍灯は春季のようだが、和歌の浦の龍灯は『懐硯』三・二や『男色大鑑』四・三に、毎年七月十日夜に上がるとされ、次句に詠まれる天の橋立の龍灯は毎月十六日夜に出るとされる。

とされていて、季節を問わない、謡曲や民間伝承に由来する俳言であった。

『絵入西鶴諸国噺』には、「姥が火」という火の玉伝承が描かれている。国立国会図書館デジタルコレクションより。

芭蕉の門人で彦根藩士だった李由(河野通賢)が近江の風俗について記した「湖水ノ賦」(『本朝文選』所収)には次のような紹介がある。

 龍灯松は、巳待の夜ごとに光をあげ、大藪の雨夜には、星鬼の火を蓑にうつす

巳待の夜、すなわち己巳の日の、弁才天の祭日(巳祭)の夜には、龍灯松に光があがり、大藪(彦根市大藪町)には、雨の夜に「星鬼の火」が蓑にうつるという。干支は六十日ごとの周期でまわるので、ほぼ二ヶ月おきに龍灯が見られたことになる。

もうひとつの「星鬼の火」について、『風俗文選大註解』によると雨の夜に蓑や傘、袖に火の光がうつるが、本当の火ではなく星鬼の火と呼ぶものである、と解説される。

鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』には「簑火」の名で蓑から火が出る図があり、柳田國男は『妖怪名彙』のなかで、東北地方の「ミノムシ」という伝承をいくつかとりあげている。蓑に火がつく(ように見える)というのはよく知られた怪異だったらしい。

鳥山石燕 画『百鬼夜行拾遺』(3巻)には、「簑火」の名で蓑から火が出る図が見える(左頁)。国立国会図書館デジタルコレクションより。

柳田の紹介する「ミノムシ」は、蓑から垂れる水滴が火になる、払おうとすると体が火に包まれる、などという。滋賀県でもミノムシという名が伝わっていることもあり、水死した人の亡霊だともいわれる。

妖怪研究者の香川雅信氏は、怪火の伝承を俳諧師が好んだことに注目する。怪しい火だ、亡霊だ、と伝えながらも俳諧師たちは、謡曲などの知識をふまえて関心を寄せていた。実害もないことから集まって見物するということもあったようだ。

俳諧の素材になるというのは、つまり土地の名物になっていたということ。怪火の伝承は、全国各地で「発見」され、報告されていた。ディスカバー・ジャパン、珍百景で地方の魅力再発見というわけだ。

ちなみに「狐火」のほうは歳時記で冬季に定着しているが、これは江戸郊外にある王子稲荷の伝承による。すなわち、王子稲荷には毎年大晦日になると関東一円の狐が参集し、榎木のあたりで狐火をともして装束を調えて参詣することから装束榎木といい、付近の百姓は狐火を見て翌年の豊凶を占うのだ、という。

中谷無涯『新修歳時記』(俳書堂、一九〇九)、高浜虚子『俳諧歳時記』(改造社、一九三三)でも、王子の狐火を冬とすることから冬に限定されるようになったと説明している。

前田霧人氏による詳しい考証があるのでここでは論証を省略するが、もともと狐火は蛍火と見間違うという表現で使われ、俳諧では夏から秋にかけて使われる例も多い。怪奇趣味で知られる蕪村のにも、夏の句と冬の「狐火」句が混在している。

 狐火の燃えつくばかり枯尾花 蕪村
 狐火やいづこ河内の麦畠

龍灯も狐火も俳諧師好みの俳言ではあるものの季語としての成り立ちは相当あいまいだ。季語の約束は、そうしたあいまいさの上で成り立っていると開き直るしかないと思う。

【参考文献】
前田霧人「怪火・鬼火 狐火」『新歳時記通信』11、2018
久留島元「狐火伝承と俳諧」『朱』62、2019
香川雅信『図説 妖怪学通史』河出書房新社、2022


【執筆者プロフィール】
久留島元(くるしま・はじめ)
1985年兵庫県生まれ。同志社大学大学院博士後期課程修了、博士(国文学)。元「船団」所属。第4回俳句甲子園松山市長賞(2001年)、第7回鬼貫青春俳句大賞(2010年)を受賞。共著に『関西俳句なう』『船団の俳句』『坪内稔典百句』『新興俳句アンソロジー』など。関西現代俳句協会青年部部長。京都精華大学 国際文化学部 人文学科 特別任用講師。



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