冬の月かたちあるもの照らしけり 福島せいぎ【季語=冬の月(冬)】

冬の月かたちあるもの照らしけり

福島せいぎ

 欲しいものを一つだけもらえるとしたら、何と答えるか。ありえない状況だからと考えることをやめてしまう必要はない。考えるのをやめると、いざそういうチャンスが巡ってきたときに対応できなくなってしまうから。年齢を重ねると「もし願いが叶うならあなたならどうする?」という会話自体が減ってくる。叶わないことを経験上知っているからだ。それを叶えるにはこういう段取りが必要で、それにはこういう障害があって…とダメな理由を考えることは簡単だ。しかし年に一度くらいは大胆に妄想を膨らませたい。正月はそれにぴったりなのでは?

 欲しいものを一つだけもらえるとしたら、世界一周の切符を希望する。私の行きたい場所と家人の行きたい場所がなかなか一致しないのだ。そうなればもう両方行くしかない。物をもらってしまうと、それを傷つけたりなくしたりする心配があり、置き場所に困るかもしれない。経験なら生きてさえいれば一生の友となる。

 しかし、ショッピングモールで「何でも買っていいよ」と言われたらそんなわけにはいかない。レベル別に現実的な欲しいものリストを期待度低めに準備しておくと、チャンスが巡ってきたときに取り逃がさずにすむだろう。

冬の月かたちあるもの照らしけり

 少し大づかみに「かたちあるもの」という区切り方をあえてするのは、日頃「かたちなきもの」への意識を強く持っているからではないだろうか。ものであろうが人であろうが、あるいは建造物であったとしても、作者には「かたちあるもの」のひとつにすぎないのかもしれない。

 それに対して「かたちなきもの」というと感情や思考などの概念、魂なども含まれるが、直接月光で照らすことはできない。

 「かたちあるもの」はいつか滅びる。この表現に奥行きを感じるのは「かたち」が物体だけをさしているのではなく、滅びを待つ儚さをはらんでいるからではないだろうか。ひらがな表記もそれに拍車をかける。

 冬の月が冴えわたる空気を突っ切って「かたちあるもの」を照らしている。ただそれだけということもできるが、冬の月の鋭さといつかは滅びていくものとの対比が効いており、端正な表現でありながら真似することのできない切り取り方となっている。

 作者は五十五年間にわたり万福寺住職を勤めたが、この句集上梓の前にそれを返上した。その経歴を鑑みると「かたちあるもの」に注目するような澄み渡った心境になるのも頷ける。

『箱廻し』(2023年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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