
川添愛、ふかわりょう
『日本語界隈』
ポプラ社(2024年)

「深まるのは、なぜ秋だけ?」と帯に大きく書いてあるのを見てしまったらもう素通りできない。俳人の皆さんは自分のなかの答えを持っているだろうが、言語学者はどんな答えを提示してくれるのだろうか?
全体としてはふかわりょうさんが提示する日本語に関するトピックスに言語学者の川添先生が見解を示してくれるというフォーマットとなっている。
冒頭の話題は第二章「なぜ、秋だけが深まるのか」の中の「四季と日本語」という節で述べられている。‘冬に向かってどんどん沈んでいく’と秋のイメージを具体化した。「深し」を正しく反映させた解釈である。それらしい答えがありそうな歳時記で「秋深し」をひくと俳句を作るためのヒントが中心になっており、同じような解説はなかった。ほかにも「冬将軍」など季節の言葉に関する話題で盛り上がっているのは嬉しい限り。
助詞の「も」についてのふかわさんの考察もポップにして説得力があるものだった。『雨にぬれても』と『恋におちて』を比較し、「も」の有無による効果をすっきりと説明している。これはどこかで使わせていただきたい。助詞「の」の効果についてもかなりのページを割いているので俳人は必読だ。
川添先生がとりあげたテーマでは映画『十二人の怒れる男』という邦題についての話を紹介しておきたい。原題は『12 angry men』。そのまま訳したら「十二人の怒る男たち」となるところを「怒れる」と文語にした点を先生は絶賛している。文語の重厚感と七・七のリズム感がその素晴らしさを裏打ちしており、俳句を作る時になぜ文語を選ぶのかについての答えの一つとして自分にインストールしておきたい。
200ページ近くにわたって日本語についての話題を次々と挙げていくふかわさんの言葉への関心の深さには驚いた。そして巻末の短編小説では言葉の意味的変遷にただならぬ思いを抱いていることが感じられる。それに対する川添先生の答えが、どれもすっと頭にも心にも入ってくるものだった。二人のトークショーやってくれないかなぁ。
(吉田林檎)

【林檎の本 #6】
『日本語界隈』(ポプラ社、2024年)
著者:
川添愛 1973年生まれ。愛知県出身。九州大学文学部及び同大学院卒。津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授などを歴任。専門は言語学、自然言語処理。著書に『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』など。
ふかわりょう 1974年生まれ。慶應義塾大学在学中の20歳でお笑い芸人としてデビュー。白いヘアターバンを巻いた「小心者克服講座」や、シュールなあるあるネタで注目を集める。著書に『ひとりで生きると決めたんだ』(エッセイ)、『いいひと、辞めました』(小説)など。
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】

【吉田林檎のバックナンバー】
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