まひるまの秋刀魚の長く焼かれあり 波多野爽波【季語=秋刀魚(秋)】


まひるまの秋刀魚の長く焼かれあり

波多野爽波

『骰子』所収)


食べものの句

俳句を始めてから気づいたことがある。何でもかんでも、ところかまわずじーっと観察するようになってしまったもう一人のジブンがいること。特に何か季語のものを食べるときには、ますその形をじろじろみる。その後、裏返してみたり、お箸やフォークで突いてみたり。匂ったりもする。盛られたお皿も当然のようにみる。外食時などは、持ってきてくれた店員さんまで見てしまう。困ったものだな、変な人だな、と素の自分はちょっと思っていた。

食べものの句は美味しそうなのがよい。その理由はただ一つ、食べることが好きだから。掲句の秋刀魚など、絶対に美味しい。もう間違いない。ビールが飲みたくなる。ただ単に真昼の焼いた秋刀魚が長いと詠っただけなのに、その秋刀魚をとにかく食べたくなる、そこはかとない季語の力を感じる。

食べることは生きることに結びついている以上、美味しそうだけではない別の側面からも食べものの句も詠めるようになりたいと思っていた。そんなころに出会った一冊の本がある。岸本尚毅、岩田由美共著の『夫婦の歳時記』(蝸牛社)である。同じ季語でのお二人の俳句と、<俳景>としてのエッセイとが記載されている。秘かな愛読書である。

季語「秋刀魚」の句を一部紹介したい。
  秋刀魚の句笑うてくれし人の逝く  由美
  風吹けば草のそよぎて秋刀魚焼く  尚毅

一句目は、岩田由美さんが新婚の頃、焼いた秋刀魚を一匹そのまま普段のお皿にのせたら頭と尻尾がはみ出した、そのことを句にして句会に出したら、お母さまに似た方が声を立てて笑っていたことを思い出しての句だそうだ。人の死を詠んだ食べものの句であり、お手本にしてゆきたい。二句目はちょっと懐かしい静かな風景が見えてくる。きっと七輪で焼いているのだろう。煙まで見えてくる。二句ともに、秋刀魚という魚の特徴である<長さ>を、その言葉が使われることなく存分に感じとることができる。

この本で特に面白いのは「夫と柚子」という<俳景>だ。以下一部抜粋する。

‐夫は季語があると機嫌がいい。柚子湯をしたとき、風呂の中で夫が詠む句を、風呂場の前で口述筆記させられたこともあった。その後で私が入ると柚子がさんざんに握り潰してあった。-

もう一人のジブンをちょっと面倒くさいなと思っていた素の自分だったが、このままでいいかもと思った。

ところで、山口昭男主宰と二次会で並んで秋刀魚を食べたことがある。思うよりちっちゃい秋刀魚だった。褒められたのは、その日の俳句ではなく、秋刀魚を綺麗に食べたこと。そんなこともいつか俳句にできたらいいなと思っている。

村上瑠璃甫


【執筆者プロフィール】
村上瑠璃甫(むらかみ・るりほ)「秋草」所属
1968年 大阪生まれ
2018年 俳句を始める
2020年12月 「秋草」入会、山口昭男に師事
2024年6月 第一句集『羽根』を朔出版より刊行

これまで見たことのない大胆な取り合わせに、思わずはっと息をのむ。選び抜かれた言葉は透明感をまとい、一句一句が胸の奥深くまで届くような心地よさが魅力。今、注目の俳誌「秋草」で活躍する精鋭俳人の、待望の初句集!「秋草」以後の298句収録。

村上瑠璃甫句集『羽根』

発行:2024年6月6日
序文:山口昭男
装丁装画:奥村靫正/TSTJ
四六判仮フランス装 184頁
定価:2200円(税込)
ISBN:978-4-911090-10-7 C0092


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年8月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
>>〔6〕泉の底に一本の匙夏了る 飯島晴子
>>〔7〕秋の蚊を打ち腹巻の銭を出す 大西晶子

【2024年8月の水曜日☆進藤剛至のバックナンバー】
>>〔1〕そよりともせいで秋たつことかいの 上島鬼貫
>>〔2〕ふくらかに桔梗のような子が欲しや 五十嵐浜藻

【2024年8月の木曜日☆斎藤よひらのバックナンバー】
>>〔1〕この三人だから夕立が可笑しい 宮崎斗士
>>〔2〕僕のほかに腐るものなく西日の部屋 福田若之
>>〔3〕すこし待ってやはりさっきの花火で最後 神野紗希

【2024年7月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
>>〔1〕先生が瓜盗人でおはせしか 高浜虚子
>>〔2〕大金をもちて茅の輪をくぐりけり 波多野爽波
>>〔3〕一つだに動かぬ干梅となりて 佛原明澄
>>〔4〕いつの間にがらりと涼しチョコレート 星野立子
>>〔5〕松本清張のやうな口して黒き鯛 大木あまり

【2024年7月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔5〕東京や涙が蟻になってゆく 峠谷清広
>>〔6〕夏つばめ気流の冠をください 川田由美子
>>〔7〕黒繻子にジャズのきこゆる花火かな 小津夜景 
>>〔8〕向日葵の闇近く居る水死人 冬野虹


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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