シゴハイ【第3回】脇本浩子(イタリア食文化文筆・翻訳家)

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【俳人ロングインタビュー】
【第3回】
脇本浩子(イタリア食文化文筆/翻訳家・俳人)


セクト・ポクリットの新企画「シゴハイ【仕事×俳句】」は、世にもめずらしい表稼業をもたれている俳人に、俳句の話を差し置いて、本職のお仕事について伺ってみちゃうコーナーです。【第3回】は、イタリア食文化文筆/翻訳家で「海」同人の脇本浩子さん。話題の『イタリア薬膳ごはん 体の不調とおさらばできる』(講談社)など、イタリアと食と俳句の出会いについて、じっくりうかがいました!


「イタリア」から「食」の道へ

――脇本さんは、普段どんなお仕事をされているのでしょうか?

脇本 イタリアの食文化について雑誌やWebで記事を書いたり、イタリアの食分野の本を訳したり執筆したりしています。あとは菓子専門学校でイタリア語を教えたり、コロナ禍で難しいですがイタリア食文化・イタリア薬膳講座を開いたりもします。

――さっそくですが、「イタリア」との出会いを教えてください。

脇本 小学4年から福岡県の田舎(遠賀郡水巻町)で育ちましたので、イタリア語を専攻すると決めて大学に入学して初めてイタリアと出会ったと、ずっと思っていました。ですが、よく考えると、中学・高校がカトリック系、まあ、コングレガシオン・ド・ノートルダムというフランス系カナダの修道会系ではありますが、キリスト教カトリックの総本山はヴァチカンですので、そこですでにイタリアとつながっていたわけです。

――まさに「すべての道はローマ(ヴァチカン)に通ず」ですね。大学でイタリア語を選ばれた決め手はなんだったんですか?

脇本 イタリア語を専攻しようと思ったのは、私立大学のフランス語学科の入学試験に落ちてしまったから。高校の美術室にイケメンの古代ローマ人のトルソー(顔の彫像)が置いてあって記憶に残っていたので、じゃあ、イタリア語にしようかと(笑)。あとになって、そのトルソーは古代ローマ人でなく、古代ギリシャ人だったのに気づいたんですが(笑)。

――フランス語に進まれてたら、俳句より先にお名前を拝見してたでしょうね。ところで、イタリア語の翻訳家あるいは教育者としては、キャリア当初から「食」を専門とされてたんですか?

脇本 いえ、食文化に絞って活動するようになったのは、まだここ数年です。文学、ファッション、マフィアなど、それまで翻訳の分野は多岐にわたりました。いちばん知られているのは、『ニュー・シネマ・パラダイス』の映画監督ジュゼッペ・トルナトーレの映画原作小説『ある天文学者の恋文』でしょうか。

――食文化をご専門とされるようになったのは、いつごろからなんですか?

脇本 2002年に、世界的な食の運動<スローフード>を創始したカルロ・ペトリーニの著書を訳し、出来上がった訳本を持ってトリノへ挨拶に行ったんです。「サローネ・デル・グスト(味の祭典)」という、イタリア全土の希少な農畜海産物の生産者が集まる展示会の場だったのですが、そこにはイタリアの食に関心のある人たちが世界中から訪れていて。地域ごとの歴史や風土に根ざしたミクロなイタリアの食文化が、世界的なマクロ規模であることを目の当たりにしてびっくりしました。

――イタリアには美味しいものがたくさんあると思いますが、「世界の中心」というイメージは正直にいうとないですね。

脇本 わたしは会社を辞めてイタリアへ渡り、帰国してから雑誌記事やテレビ番組の字幕翻訳の仕事もしていたので、イタリアの食に関して知ってはいたんですが、イタリア食文化の深さと規模の大きさを肌で感じたのは、それが初めてだったんです。そのあと、菓子専門学校のイタリア語講師の仕事を譲られたり、熊本大震災後すぐに現地に入って書いた記事がイタリアの食の団体から授賞されたり、と。

そうこうするうちに、19世紀末のロングベストセラーレシピ読み物で、原書がペーパーバックでも800ページという大作であることから、今まで出版社が手を出さなかった『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』を共訳する機会に恵まれました。その翻訳作業が母の看取りと重なって、健康に寄与するイタリア食文化の分野に専念しようと決心したわけです。ですから、この道は導かれているような、いないような……。


イタリア料理×薬膳

――昨年末に刊行された『イタリア薬膳ごはん 体の不調とおさらばできる』(講談社)が話題ですね。

脇本 はい、おかげさまで、新聞やWebでとり上げていただき、多くの方から「簡単で美味しい」と言っていただけて嬉しいです。なかには、イタリア人の夫も美味しいと言ってくれた、という方も。病気がちだった母の看取りをきっかけにつくりたいと思った本なので、コロナ渦中でこれほど注目されるとは、企画したときは考えていなかったんです。

――翻訳のお仕事と並行して、国際薬膳師の資格も取得されたそうですが、きっかけを教えてください。

脇本 わたしは父が内科医で、母が薬剤師の家庭で育ちました。母はもちろん漢方薬も使っていましたが、西洋薬が身近にあったので、つい西洋薬に頼りがちでした。もともと体質が弱かったのか、過労だったのかわかりませんが、母は異なる病気で六度も手術することになりました。母は料理上手でしたので、「医学・薬学は門外漢のわたしが、せめて薬膳のことを勉強して、母が病気になることを料理で防いであげられていたら」と看取りのときに強く思いました。それが薬膳を学んだきっかけです。

――でも幼いときから「医」や「薬」の話題が、とても身近にあったことはきっと大きな動機づけになっているんじゃないでしょうか。お母様のもとで美味しいご飯を食べて育ったことも大きいのでしょうね。

脇本 母が亡くなったときすでに、イタリア料理と薬膳を組み合わせた本を出したいと思っていたんですが、イタリアを専門とするわたしが薬膳など語っても、何の説得力もないだろう、と。そこで、国際薬膳師の資格の取得を決めました。鼻先ににんじんをぶら下げないと、走り出さないタイプなので(笑)。

――ぜんぜんそんなふうには見えないですが、報酬系の脳を刺激することは大事なことです(笑)。医薬というと、イタリアには『サレルノ養生訓』がありますが、そこに中国由来の「薬膳」を組み合わせると、どんなことが見えてくるのでしょうか?

脇本 『サレルノ養生訓』のベースとなったのは、当時、最先端だったアラブ医学、そして「医学の父」である古代ギリシャの医師ヒポクラテスの考え方です。そこには、人の体が乾きすぎれば潤す食材をとり、熱をもちすぎたら冷やす食材をとるなど、薬膳と共通する考え方があります。当時は「薬」と考えられていたイタリア料理の食材に、薬膳と共通するものがたくさんあることから、サレルノほか南イタリアの料理はとくに薬膳と組み合わせやすいということがわかったんです。(写真=2017 年、イタリアの食関連団体より「レポーター・デル・グスト賞」を受賞した浩子さん)

――ともに一種の自然哲学として「食」を考えているということですね。逆に薬膳の世界からみて、いわゆるヨーロッパ的な「栄養学」が見落としてしまうものとは、何なのでしょうか?

脇本 栄養学というのは歴史的にまだ新しい学問です。炭水化物など三大栄養素が発見されたのは19世紀になってからです。

――フランスの歴史哲学者のミシェル・フーコーの分類でいえば、「富の学問」が経済学に、ナチュラル・ヒストリーが生物学になっていくのと同じ現象ですね。「もの」じゃなくて、それを構成しているミクロな記号的要素に注目するようになっていく。「計算可能なもの」への信奉というか。

脇本 そう、数値だけで人間の健康が計れるのかということです。たとえば、鶏胸肉にはたんぱく質が豊富で、たんぱく質は筋肉を作るのに必要な栄養素だということは現在では解明されている。けれども、「三大栄養素ほか必要な栄養素が足りていれば、人は元気なのか?」という疑問がわたしにはあります。

――人間は植物じゃないですから、やはり「心」が影響していますよね。「栄養=元気」ということではない。

脇本 ヨーロッパには、「元気」という言葉のもととなった「気」という中医学(中国の伝統医学)の概念がないんですね。

――たしかにフランスでも、オギュスタン・ベルクやフランソワ・ジュリアンの自然哲学とかでは「qui」とか「chi」とか、そのまま書かれています。世界や生命の根源ですね。

脇本 「気」は言ってみればエネルギーなんですが、「元気」というのは、天の「陽の気」と地の「陰の気」をバランスよく受け、体のなかの気・血・水分が過不足なくあって、またそれらが体内を巡っているときが「元気」なんです。それは季節に合わせて食べ物をバランスよく食べ、体を動かすことによってなるもので、西洋医学が求めるエビデンス(科学的根拠)だけで説明できるものではないとわたしは考えています。

――フランス語の「Ça va ?」イタリア語だと「Come stai ?」でしたっけ、こういう挨拶表現って、ぼくの感覚では「問題ない?」に近くて、要は説明可能な「問題」があるかどうかを暗に聞いてる感じがします。でも日本語の「元気?」は、もっと抽象的というか、「気」分的。そして「気」のほうが複雑というか、自分ではどうにもならないものを含んでいるというか。

脇本 わたしは、フランス語の 「Ça va ?」はイタリア語の「Come va?」(調子どう? 順調?)と近く、生活や人生の満足度合いを問うているのではと思うのですが、「元気?」は、体と心を支える「気」がしっかりあるかを尋ねている感じですかね、心配の意味も含めて。

――ちなみに、昨日は何を召し上がりましたか?

脇本 昼は、気を巡らすオレンジとスナップエンドウのサラダ、それにブロッコリーとオレッキエッテのパスタです。

――期待通りのイタリアン!(笑) イタリアの国旗のように、明るい食事ですね。

脇本 小麦やオレンジは体を冷やすので、早春はほぼ封印していたのですが、そろそろよいかな、と。オレンジとスナップエンドウのサラダは、東京新聞にレシピも紹介されたほど簡単なのでよく作ります。夜は焼き魚ととろろめかぶ、ご飯とお味噌汁でした(笑)。


薬膳における季節の重要性

――『イタリア薬膳ごはん』では、季節もとても重要な要素のひとつですよね。イタリアでも、四季は日本のようにはっきりしているのでしょうか?

脇本 そうですね。日本の北海道と沖縄で四季の移り変わり方がちがうように、イタリアも北と南ではだいぶちがいますが、四季があります。ただ、日本のように梅雨はなく、秋から冬に雨が降りやすい地方があるという程度です。

――世界的にも健康志向が高まって、わかりやすい「地中海式ダイエット」が話題になっていますが、それとはちがって、「薬膳」は風土や気候にも注目するのですよね。

脇本 日本でも東北の冬は雪で閉ざされるので塩漬けの保存食を食べる習慣があったため、塩分摂取量が多いとか、風土や気候による影響が食に出ますよね。いまは冷凍技術や輸送の発達により、どの季節でもおおかたの食材は流通していますが、全世界、同じ食材を摂れば健康になれるかというと、それは違う。風土や気候、季節に合わせて食材をとりましょう、というのが薬膳の考え方ですね。人間は環境でつくられる生き物ですから。

――「旬」の食材を使うという点では、歳時記を必携している俳人は苦労しませんね。

脇本 そうですよね。スーパーや八百屋さんで買い物をしてから、あ、これって季語だったな、と歳時記で確認することはよくあります。

――逆に、歳時記の記述と実際の「旬」がズレているなと思われている季語などはありますか?

脇本 正月に食べるイメージのある金柑が秋の季語と気づいたのは、コンポートにして食べて、歳時記で確かめてからでした(笑)。金柑は秋よりも冬、1月終りから2月ごろのほうがおいしいですよね。ちなみに金柑は、薬膳では気を巡らせる効能があります。

――『イタリア薬膳ごはん』では、春、梅雨、夏、秋、冬の五つに季節を分類している点が、わりと目から鱗でした。たしかに湿度などを考えると、「梅雨」というのは身体的に太陽がぎらぎら輝く「夏」とはだいぶ違いますね。同じのは暑いことくらいで。

脇本 そうなんです。日本がイタリア料理をとり入れるときに最も気をつけなければいけないのが、イタリアにはない梅雨、つまり体に湿気が入りこむ季節なんです。梅雨は、湿気が病気をもたらすからです。

――たしかに雨が続くと鬱々としてきますよね。でもどうしたらいいのか、なかなか知恵がないような気もします。

脇本 中国にも地方によって梅雨があって、体が湿気で重だるくなる梅雨の時期こそ、イタリア料理に薬膳をとり入れる意味が最もありますね。俳句も薬膳も、春夏秋冬の区切りは、中国から伝えられた二十四節気、七十二候がもとになっているので、芒種をすぎたあたりから梅雨入りするというのは俳人なら暦と体でわかっていると思います。

――しかし「コーンスープ」が梅雨にいいとは初耳でした。

脇本 とうもろこしは利尿作用や、体内の湿気をとる効能があるとされています。ほかには、空豆や大豆、小豆も同じ作用があると考えられていますね。サクランボも体内の湿気をとるといわれます。それぞれ季語なのでおもしろいです。

――サクランボも歳時期だと梅雨の時期、6月くらいに分類されていますもんね。次は、「薬膳と季語」というテーマで著作をぜひ。俳句総合誌の編集者のみなさん、早い者勝ちですよー(笑)


薬膳は「美味しい」!

――イタリアといえば、「スローフード」運動の発祥の地ですよね。今回の本も大きくいえば、その流れにあるものなのでしょうか。

脇本 「スローフード」運動の創始者の本を訳して、本人に会いに行った話は先ほどしましたが、「自分が生きる地域を大切にし、その土地の風土と気候に合った食べ物をとろう」という考え方でいえば、その流れの上にありますね。

――そもそもですが、イタリアが「長寿国」というイメージがありませんでした。

脇本 長寿国ランキングでは以前はもっと上だったような気がするのですが、現在も10位以内に入っていますね。1位の日本とは、2歳以下の差です。野菜と果物、オリーブオイルの摂取量が多いことと、チーズのような発酵食品をとるのがよいようです。

――日本でも「医食同源」などの言葉は人口に膾炙していますが、実践されている人は少ないように思います。何か理由があるのでしょうか?

脇本 いわゆる「食養生」が中国から日本へ輸入されるときに、漢方医ら医学の専門家ではなく、貝原益軒のような儒学者・本草学者がとり入れ、広めようとしたことに原因があるのではと個人的には思っています。

――貝原益軒は17世紀から18世紀の変わり目に引退して「作家」になったんですよね。中国からの「翻訳」だった本草学に説明を加えて、ガイドブック的なものに転換したと言われていますが。

脇本 貝原益軒は儒学者なので、著書『養生訓』には、「~してはいけない」的な訓戒が多いんですね。縛られることが嫌いなわたしなど、思わず「うるさい!」と言ってしまいたくなる(笑)。

――たしかに「〜は危ない!」「〜は誤りだ!」とか言われると、不安になるから消費者の欲望は掻き立てられるんですよね。俳句の文法論なんかでもよく見るロジックです。「知恵」じゃなくて「脅し」や「権威」になっちゃう。それはあるかもしれません。

脇本 そのために、「医食同源」を実践する食養生が理論として構築されず、各地の民間伝承やおばあちゃんの知恵のような形でしか、日本では残っていないのではないかと。

――ちなみに「薬膳」は、「美食」という考え方と対立するものでしょうか? よく「美味しいものは、体に悪い」などと言いますが……

脇本 いえ、薬膳は中国の王の「食医」などの職が設けられた約3千年以上前から研究されてきたものなので、王に差し上げるものをいかに美味しくできるかも研究されてきたはずです。なかには、組み合わせる食材の効能を優先するために、「ん?」と思う味の薬膳もありますが(笑)、少なくともわたしの共著『イタリア薬膳ごはん』はイタリアらしく、「美味しいこと」を一番の条件にしました。

――子供が生まれてすぐ、友人の料理研究家の宮川順子さんから、小さいうちに、とくに3歳までは、しっかりと天然の味を教えることが大事だからと諭されたのですが、「イタリア薬膳」でも子供に対して何か心掛けられることはありますか?

脇本 イタリア料理は素材の味を大切にしますので、無農薬・無化学肥料で育てられた野菜や果物を子供のころから食べさせようとする動きは、イタリアにもあります。わたしは子供を得た人生ではありませんでしたが、子供って、美味しいと体を揺らしたり、笑ったりするでしょう?

――うん、踊りますね(笑)ただ、逆もまたしかりで、うちの子だけじゃないと思いますが、自分が未体験の味や食感や香りには拒絶反応を示します。でもそれも会話のきっかけですよね、「食べなさい!」じゃなくて。

脇本 「美味しいと、ご機嫌になってくる」という体験を、子供たちにはできるだけ多くしてもらいたいですよね。その結果として、体も心も健康になるはず。

――あと、これは教育上いいかどうかわかりませんが、ぼくはワインとかビールとか、(アルコール臭のあまりしない)お酒の匂いを必ずかがせるようにしています(笑)「これ何色に見える?」「何のにおいする?」みたいな感じで。

脇本 あとは、お米や小麦、野菜や果物、家畜が育つ現場に足を運んで、人間はほかの命をいただいてしか生きられないことを実感してほしいかな。お米は、一日一回は必ず食べてほしい。「気」を補う効能があり、それはパスタやパンの原料である小麦ではかなえられないので。

――イタリア料理に限らず、「薬膳」の心掛けで日々の食事をつくろうとしたとき、キッチンに常備しておいたほうがいいものは、どんなものですか。

脇本 薬膳は季節の養生をいちばんに考えるので季節や体質によって常備する食材はちがいますが、山芋やくるみは老化に、ブロッコリーやカリフラワーは物忘れ対策によいと言われているので、老化お年頃のわたしは常備しています(笑)。あとは晩春にはオレンジ、夏にはレモンをオリーブと一緒に絞ったオリーブオイルが一本あると便利です、単なるフレーバーつきのものでなく。

――ぼくもいつからか、基本はオリーブオイルになりましたね。「薬膳」とは関係なく、浩子さんが普段の食生活で心がけていることがあったら教えてください。

脇本 コロナ前は、イタリアの食のイヴェントが多かったために、どうしても夜は食べ過ぎ、飲みすぎが多かったんです。イタリアへ行くと、トラットリアが開くのも夜8時とか遅いでしょう? 夜遅く食べ過ぎると、腰に痛みが出てくることに気づきまして。コロナ後、夜はとくに食べ過ぎないように注意しています。


多忙のなかで俳句を楽しむ

――少しだけ俳句の話をしましょうか(笑) 脇本さんが、俳句をはじめられたきっかけは何だったのでしょうか?

脇本 これもイタリア語を始めたのと同じくらい、いい加減なきっかけなんですが(笑)。わたしは10代にバドミントン、20代にバイクと茶道、30代後半にヨーガと出会っていたので、40歳から何か新しいことを始めたいなと思っていたんです。

そうしたら、早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校開校の広告が新聞に大きく出まして。そこで教えておられたのが、「海」主宰の高橋悦男先生でした。通いやすいし、俳句をやれば翻訳や文筆にもいい影響があるかもという邪念もあり……(笑)。

「海」主宰・髙橋悦男さんと

――バイクはツーリングですか? まさかレースじゃないですよね?(笑)

脇本 新卒で入ったのが車とバイクのメーカーだったので、ツーリングのお誘いは多かったですね。かわいい女友達と行動を共にしていたので(笑)。サーキットにレースもよく見に行きました。ヘナチョコなので、レースはオフロードの周回レースに一回むりやり誘われて、懲り懲りしました。

――本当にレースまで体験されていたとは! 茶道では、表千家の上級免状もお持ちだそうですね。

脇本 人って分解すると、親から譲られ育てられた部分と、他人に育てられた部分がありますよね。わたしの場合、後者のほうは、ヨーガの先生、茶道の先生や仲間、そして俳句の先生や仲間でしょうか。

茶道表千家の先生は懐石料理もお得意だったので、社中の弟子全員で習い、茶事のために皆で練切を作ったこともあります。皆が美味しいもの好きだったので、気がついたら15年ぐらい経ってしまって、教える資格のある上級免状もとっていました。

――イタリア関係のお仕事と、俳句がリンクしたりすることはありますか? たしか、「haiku」というワインがありますよね、イタリアには。トスカーナワインだったかなと思いますが。

脇本 はい、そのワインはもしも好みでなければそれについて書けなくなるので、まだ味見はしていませんが(笑)。冗談はさておき、いまはWeb用記事で「何字以内でタイトルをつけてください」と依頼されるので、短い言葉で表現し、読み手の共感をどう得るかを考えるのに、俳句が生かされているなと思うことは多いです。

――これまでに読んだ俳句の本のなかで愛読しているものがあれば、教えてください。

脇本 高浜虚子作『虚子五句集』上・下(岩波文庫)、山本健吉著『新版現代俳句』上・下、『名句に学ぶ俳句の骨法』上・下(角川選書)でしょうか。いずれも悦男先生からご紹介いただいた本です。わたし、語学を学ぶときに基礎の大切さが嫌というほど身に沁みているので、迷ったら基礎に帰ることを繰り返しています。

――いま、コロナで自粛気味ですが、普段だと句会はどのくらいの頻度でされていますか?

脇本 句会は東京本部句会と所属句会の月2回です。正直なところ、イタリア食文化に活動を絞ると決めてから、所属句会は休みがちです。

――まあ、句会は逃げませんから大丈夫でしょう(笑)。

脇本 わたし、還暦になったばかりなんですが、この年齢でイタリア食文化のプロとしてお金をいただく仕事をするには、まだまだ勉強しなければいけないことが山ほどあって。「教える人は、そこにいる誰よりもそれについて知っていなければならない」と、大学教授現役時代に悦男先生がおっしゃっていたことを肝に銘じています。東京本部句会はコロナ休会を経てようやく今月から再開され、結社誌『海』の校正作業は原則、毎月参加していますので、俳句にはずっと触れています。

――ぜひ、いいお仕事を続けてください。このインタビューを読まれた方から、俳句関連のお仕事が届くかもしれませんし、一読者としても楽しみにしています。最後の質問ですが、まだまだお忙しい60代、何かやりたいこと、チャレンジしたいことはありますか?

脇本 いまは新しく身を投じた食文化の分野の勉強で手一杯ですが、俳句の評論は書いてみたいなという気もちはあります。仕事は、ライフワークとして、健康増進・病気予防に役立つおいしいイタリア料理を広めていくつもりです。

――本日はたのしいお話、ありがとうございました。健康に気をつけて頑張ってください。



【プロフィール】
脇本浩子(わきもと・ひろこ)
1961年愛知県生まれ、福岡県育ち。「海」同人。俳人協会会員。第28回「海」賞、第4回石田波郷俳句大会「角川学芸出版賞」を受賞。旧姓、「中村浩子」の名でイタリア食文化文筆・翻訳家。著書に『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』ほか多数。日経新聞と日経BP社によるサイト、NIKKEI STYLEにて「イタリア美味の裏側」を連載中。

コース終わりに出ない イタリア料理、チーズの深い話|NIKKEI STYLE

聖地バチカン イースターに食べるイタリア料理と菓子|NIKKEI STYLE

【自選10句】 

木陰より影の生まるる揚羽蝶

異国語の訳語探して汗ばめる

ヴェネツィアの路地来て秋思の仮面買ふ

台風や舌には重きかりんとう

はたはたの荒れ野の色となりて跳ぶ

ロシア語で書かれし絵馬や鳥渡る

日時計の影なき針や蝶凍つる

言ひがたきことは手紙に四温の日

古本に父の傍線冬ひなた

春暁のことば鉛筆書きにして


【「シゴハイ」のバックナンバー】
>>【第2回】青柳飛(会議通訳・俳人)
>>【第1回】平山雄一(音楽評論家・俳人)



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