ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ
なかはられいこ
昨日は9月11日、ということは21年前アメリカ同時多発テロ、特にニューヨークの貿易センタービルに二機の旅客機が突っ込んだ衝撃的映像は忘れ難い。
この映像はほぼリアルタイムで世界中の人が観た、私も観た。いったい何が起こったか、映画のような非現実感。ニューヨーク現地時間8:46 北棟に一機目が突入し続いて二機目が南棟に、後に何度も流される間近からの仰角の映像。南棟が崩落し続いて北棟が崩落するところはスローモーションのような効果、ほとんどパニック映画の一場面だ。それは手前に驚愕し逃げ惑う群衆が写っているからだ。評判はいまひとつだったがスティーブン・スピルバーグの映画『宇宙戦争』(2005)がある。これである、手前に逃げる群衆、奥に脅威。映画ではこの手前にトム・クルーズの顔がある。つくづくスピルバーグにはアメリカンコミック定番の構図が身についているなあと思う。
何の話だっけ、そう、なかはられいこのこの川柳である。この記念碑的な句には作家的な嫉妬心を抱かざるを得ない。笑わないで頂きたい、こういう大事件に則してすかさず作品化して、しかも圧倒的な完成度、手法で提出され記憶に残る作品となっている、その作品のあり方に嫉妬する。恥ずかしながら当時私も同じ事件で一句ものしたのだが、もちろん足元にも及ばないのだ。
この読点でぶつ切りにされた視線、それは驚愕の視線であると同時に私の感じたスローモーションの時間の感覚ともぴったりする。ゆっくり崩落してゆくビルを「なんてきれい」と詠嘆する、ほんとにそうなのだ、起こっていることの悲惨さや政治的意味は後からやってくるのであって、いま目の前に見えているのは巨大な物体が物理的に崩壊してゆく、思い切って言ってしまえば、その快感である。もっと言えばそれを美と称してもかまわない、なかはられいこのように。
なかはらの指示に従って読点に拍をおいて読んでみる。言葉はいたるところで骨折し断片化された音の集積と化してしまう。それでいて十七音におさまり、人によっては薄っすらと定型感を味わうかもしれない。いずれにしてもこのような驚異の現実には言葉は追いつかない。その言葉の追いつかなさがそのままこの川柳の駆動装置となっている。すごいなあ。
この後アメリカは星条旗一色になり、テロとの戦いを旗印にジョージ・W・ブッシュは一挙に支持率を回復した。国中が国粋、愛国に染まっている中、スーザン・ソンタグは発言した。(事故から二日後、六日後のニューヨーカー掲載)
まず、共に悲しもう。だが、みんなで一緒に愚か者になる必要はない。テロの実行者たちを「臆病者」と批判するが、そのことは彼らにではなく、報復のおそれのない距離・高度から殺戮を行ってきた者(我らの軍隊)の方がふさわしい。
欺瞞や妄言はなにも解決しない。現実を隠蔽する物言いは、成熟した民主国家の名を汚すものだ、
当然炎上、殺害予告までされたらしい。このタイミングでこの発言のできる言論人は日本にいるだろうか、すごいぜ、ソンタグ。彼女は三年後骨髄がんで亡くなる。
(岡野泰輔)
【執筆者プロフィール】
岡野泰輔(おかの・たいすけ)
1945年、埼玉県生まれ。テニス、サッカー、はものにならず、退職前に出合った俳句にすっかりはまる。(よくあるパターン?)2004年「船団の会」入会。同会散会まで在籍。句集『なめらかな世界の肉』共著に『俳コレ』
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【岡野泰輔さんの気になる句集『なめらかな世界の肉』(通称・なめ肉)はこちら↓】
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】
>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして 原ゆき
【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】
>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹 津川絵理子
【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】
>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥 橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ 京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上 鈴木花蓑
【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】
>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな 飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸 飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり 飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い 飯島晴子
【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】
>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず 加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓 加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる 加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ 加倉井秋を
【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】
>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月 杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな 坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ 安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希
【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】
>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア 豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる 小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄 吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ 三枝桂子
【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】
>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲 安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア 豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲 宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく 加藤喜代子
【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】
>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸 正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ 正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉 正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな 正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規
【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】
>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる 野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等 野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし 野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海 野見山朱鳥
【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】
>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが 髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた 福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり 兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな 畠山弘
【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】
>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養 石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず 有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛 松本たかし
【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】
>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は 中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催 潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ 田口武
【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな 蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる 岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希
【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】
>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事 岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ 中町とおと
【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】
>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う 大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」 林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より 藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手 木下夕爾
【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】
>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し 芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ 芭蕉
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>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音 芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【後編】
【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】
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【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】
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【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】