あんなところにからうじてつもる雪 野名紅里【季語=雪(冬)】

あんなところにからうじてつもる

野名紅里


建物の外壁の出っ張りとか、街路樹の梢のぴょんと飛び出たところとか、雪を受け止められるほどの面積がなさそうなところに雪が積もっているという句。どことは書かれていないけれど、それを見つけたときの喜びや慈しみが伝わってくる。

〈からうじて〉という表現には、「やっとのことで積もった」とか「ちょっとのことで落ちてしまいそうだが持ちこたえている」といった背景情報が含まれているように感じる。いま見ている雪はそこに積もっていなかったかもしれないし、まもなく滑り落ちてなくなってしまうかもしれない。可能性の束のなかの一つとして目の前の景色を見ているのだ。そこに臨場感を受け取った。

掲句が収録されている第一句集『トルコブルー』には〈バスケットゴールの縁に雪積もる〉という句もあり、並べて読むと面白い。

2つの句は状況が似ているが、表現の重心が異なる。バスケットゴールの句ははっきりと場所を描き、リングの赤と雪の白の対比も鮮明だ。他方、〈からうじて〉の句は心の動きが中心になっている。

両者はページを離して置かれている。〈からうじて〉の句が句集の初めのほうにあり、かなり読み進めたあとにバスケットゴールの句に出会う。「また見ている!」と嬉しい気持ちになった。

僕が住んでいるところはたまにしか雪が降らないので、雪が降るたびにその積もり方に驚かされる。ガードレールや自転車なんかを見ては、そこにそう積もるのかと感心する。そんな驚きを言葉にしてくれた一句だ。

友定洸太


【執筆者プロフィール】
友定洸太(ともさだ・こうた)
1990年生まれ。2011年、長嶋有主催の「なんでしょう句会」で作句開始。2022年、全国俳誌協会第4回新人賞鴇田智哉奨励賞受賞。「傍点」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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