クローバーや後髪割る風となり
不破 博
3月14日から夏時間(Daylight Saving Time)が始まった。14時間だった日本とニューヨークの時差は11月7日までの間13時間となる。たかが1時間されど1時間、ちゃんと体はわかるらしく、しばらく軽い時差ボケが続く。その対策には陽を浴びるのが一番だ。
さて、本日、3月17日は、セント・パトリックス・デー(St. Patrick’s Day)。アイルランドにキリスト教を広めた聖人・聖パトリックの命日で、カトリック教徒の祭日であるとともにアイルランド共和国の祝祭日でもある。
アイルランド系移民が総人口の12%余りを占めるアメリカでは、この日は国の祝日ではないものの全米各地で盛大に祝われる。
ニューヨーク市は、その中でもアイルランド系移民がことさら多く、この日、セントパトリック大聖堂が位置する5番街で行われるパレードは、1762年のこの日、移民たちが故郷を思って行進したことを起源とする、世界最古で最大のもの。
今年は去年に引き続き新型コロナウイルス拡大防止のため中止になったが、例年ならば、約20万人が参加し伝統的なアイルランドの衣装に身を包んだ楽団が、バグパイプやドラムを奏でたり、ダンサーが踊りを披露したりと、賑やかで、毎年200万人もの観客が集まる一大イベントだ。
この日は、アメリカのアイルランド系の人々は、礼拝をしパレードを大いに楽しむ他にも、家族や仲間とともに伝統の食事である、コーンビーフとキャベツの煮込み、ソーダブレッドや、アイリッシュビールなどを楽しみながら自分たちの伝統を祝う。
アイルランド系でない人々も、パレードを楽しみ、街に多数あるアイリッシュ系が経営する酒場、アイリッシュパブ(アイリッシュバー)で飲食する。筆者宅でもビールとソーダブレッドは定番だ。
セントパトリックスデーのもう一つの特徴はシンボルカラーの緑色。この日は多くの人が緑色のものを身につけ、街は緑色に染まる。エンパイア・ステート・ビルディングのライトアップももちろん緑色。
日差しは高く強くなってきているもののまだ寒さの残るニューヨークだが、春の芽吹きの色を身につけると、心は自然に浮き立ってくる。筆者にとって、セントパトリックスデーは、春の陽気の訪れを間近に感じさせる祭の一つでもある。
さて、なぜこの日のシンボルカラーが緑色なのか。それは、アイリッシュバーの看板や、セントパトリックスデーの頃の街のいたるところで見られる図柄である、三つ葉のクローバーに由来するという。これはシャムロックと呼ばれ、マメ科のクローバーやウマゴヤシ、カタバミ科のミヤマカタバミなど、葉が3枚に分かれている草の総称だ。
聖パトリックは、432年にアイルランドに渡り461年に他界するまで、生涯をかけて国中を旅しながらキリスト教を広めたといわれるが、その際、この、クローバーに似たシャムロックを手に、その、3つの葉で1本をなす姿を民衆に示し、キリスト教の教義である「三位一体」を説いたといわれる。
この逸話からシャムロックは聖パトリックのシンボルとなり、国花となり、その色から国のシンボルともなったのだ。シャムロックは国中のいたるところに見られるため、アイルランドは「エメラルド・グリーンの島」とも呼ばれる。まさに緑の国なのだ。
さて、いよいよ掲句である。
クローバーや後髪割る風となり
句中の動作の主に〈クローバー〉の頃の風が吹く。〈後髪割る風となり〉からは春一番のような、春先の強風が現れ、その風が野原一面の〈クローバー〉を渡ってゆく。そしてその人は〈クローバー〉の一つを手にとり草原に集まる群衆に語り出すのだ。動作の主は聖パトリック。遥かなるときを超えて今も草原に立つ。
掲句が開く自在な空間にひととき幻想した。
セント・パトリックス・デーが過ぎると、アメリカの春の始まりである、待望の春分はすぐ目の前だ。さて、陽光を浴びに散歩に出かけようか。
(月野ぽぽな)
【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
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