【馬の俳句】

【馬の俳句】

【解説】日本列島に馬が「輸入」されたのは、五世紀前後の時期、古墳時代中期のこと。縄文時代、弥生時代の日本列島に馬はいませんでした。

研究者の野沢謙によれば、日本在来馬の起源はモンゴルで、それが朝鮮半島を経由して九州にやってきた可能性が高いそうです。現存する在来種は「8種」で、俳句でもっとも詠まれるのは、木曽馬ではないでしょうか。

その他、南部馬と外来馬の交配種ですが「寒立馬」もしばしば詠まれます。寒さにも耐える、青森県下北郡(東通村尻屋崎周辺)に放牧されている馬のことを指します。

馬は一方で、農耕のための重要な働き手として、他方では軍馬として重宝されました。芭蕉の旅も馬なしには成立しませんでした。

季語としては、【春の季語】に「春駒(春の馬・馬の子・若駒・子馬・孕馬)」「厩出し」があります。【夏の季語】には「馬冷す」「馬洗ふ」のほか賀茂の「競べ馬」や相馬の「野馬追」などのイベントも。【秋の季語】としては、「真菰の馬」そして「馬肥ゆ」があります。冬は寒いので季語は見当たりませんが、新年の季語として「馬日」(正月六日のこと)や「春駒」(昔の門付けの一種)「騎馬始」など。


季語以外の「馬の俳句」

【春】
紅梅の落花燃らむ馬の糞 蕪村
馬下りて高根のさくら見付けたり 蕪村
どかどかと花の上なる馬ふん哉 一茶
雀の子そこのけそこのけ御馬が通る 一茶
じっとして馬に嗅るゝ蛙哉 一茶
赤馬の鼻で吹けり雀の子 一茶
種馬につけにやりけり春の雨 河東碧梧桐
かげろふにほそる神馬の眼つきかな 幸田露伴
澄んだ眼で菫を喰べてしまふ馬 田川飛旅子
つばな抱く娘に朗朗と馬が来る 金子兜太
木曽馬の黒瞳みひらく二月かな 大峯あきら 
かつて馬車駆りし胡同の春惜しむ 久保木信也
木曽の馬ときに早蕨積んでおり 加藤青女
馬上より淋しく一人静かな 攝津幸彦
花の雨馬の瞳の中に降る 野沢節子
風光る馬上の少女口緊めて 長嶺千晶

【夏】
蚤虱馬の尿する枕もと 芭蕉
武士(さむらい)に蠅を追する御馬哉 一茶
馬迄も萌黄の蚊帳に寝たりけり 一茶
馬車(うまぐるま)店先ふさぐあつさ哉 正岡子規
駒の鼻ふくれて動く泉かな 高濱虚子
牛も馬も人も橋下に野の夕立 高濱虚子
夕立や森を出で来る馬車一つ 高濱虚子
麦車馬に遅れて動き出づ 芝不器男
炎天を駆ける天馬に鞍を置け 野見山朱鳥
びくともせぬ馬占領都市に花火爆ぜる 島津亮
いくたびか馬の目覚める夏野かな 福田甲子雄
汗の馬なほ汗をかくしづかなり 八田木枯
馬臭き家壊さるる野は晩夏 鈴木八駛郎
炎昼の馬に向いて梳る 澁谷道
病みし馬緑陰深く曳きゆけり 澁谷道
駿馬より輓馬親しき夏野かな 須賀一惠
避暑の娘に馬よボートよピンポンよ 稲畑汀子
馬の目に汗まつすぐな松が立つ 宇多喜代子
子を盗ろ子とろ青野の果ての曲馬団 山田征司
夏雲や牧に二つの馬の群 柏原眠雨
木曽馬の塩舐め石や樟落葉 児玉真知子
馬の眸に前髪かかる朝曇 正木ゆう子 
馬の癖乗つて覚えよ花ユツカ 中西夕紀

【秋】
道のべの木槿は馬にくはれけり 芭蕉
鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな 蕪村
馬の子の故郷はなるゝ秋の雨 一茶
馬のくび曲らぬ程の稲穂哉 一茶
馬糞(うまくそ)をはなれて石に秋の蠅 正岡子規
馬糞に息つく秋の胡蝶かな 正岡子規
秋風や去勢せし馬といふを見る 河東碧梧桐
沓かけや秋日に伸びる馬の顔 室生犀星
痩馬のあはれ機嫌や秋高し 村上鬼城
後の月を寒がる馬に戸ざしけり 村上鬼城
けふの月馬も夜道を好みけり 村上鬼城
夕焼けに馬光りゐる野分かな 内田百鬼園
上手より馬あらはれて秋終る 桂信子
二百十日馬の鼻面吹かれけり 高田保
八朔や馬ことわりて徒でゆく 西野草几
秋高し鞍まだ置かぬ当歳馬 千葉年子
じゅず玉は今も星色農馬絶ゆ 北原志満子
汗の馬芒のなかに鏡なす 八田木枯
蝗炒るむかし兵馬を征かしめて 糸大八
秋彼岸麓の馬の紺に見ゆ 友岡子郷
夜の川を馬が歩けり盆の靄 大木あまり
一の馬二の馬三の秋の風 佐々木六戈
馬と陛下映画の夏を通過せり 山田耕司
草の花馬にしづかな水使ひ 久保田哲子
馬の瞳のひつそりとある秋の風 石田郷子
御神馬の瞳動かず秋の暮 仙田洋子

【冬】
冬の日や馬上に氷る影法師 芭蕉
繋ぎ馬雪一双の鐙かな 蕪村
徴発の馬つゞきけり年の市 正岡子規
鞍とれば寒き姿や馬の尻 河東碧梧桐
馬の艶々しさが枯芝に丸出しになってゐる 河東碧梧桐
馬の瞳も零下に碧む峠口 飯田龍太
鶴を見る洟垂小僧馬車の上 野見山朱鳥
クリスマス馬小屋ありて馬が住む 西東三鬼
馬が目をひらいてゐたり雪夜にて 加藤楸邨
冬に入る馬の尾さばき音もなし 藤田湘子
縄とびの寒暮いたみし馬車通る 佐藤鬼房
馬売りて墓地抜けし夜の鎌鼬 千保霞舟
日脚伸ぶ駿馬を磨く調教師 藤井増丸
馬小屋をざぶざぶ洗ふ十二月 本宮哲郎
初雪は馬の瞳に降るがよし 栗林千津
湯気のたつ馬に手を置くクリスマス 大木あまり
馬孕む冬からまつの息赤く 粥川青猿
馬小屋に馬の表札神無月 宮本郁江

【新年】
鈴が音の早馬行きし若菜摘 有馬朗人

【無季】
馬も召されておぢいさんおばあさん 山頭火
赤き馬車峠で荷物捨てにけり 高屋窓秋
朝の馬笑いころげる青坊主 金子兜太
さびしさよ馬を見に来て馬を見る 山川蟬夫
皇軍(みいくさ)や砕けし玉をねぶる馬 攝津幸彦
生き急ぐ馬のどのゆめも馬 攝津幸彦
馬が川に出会うところに役場あり 阿部完市
火のいろのたてがみ銀の馬ねむる 宇井十間
白き馬地に在るときは翼なく 宇井十間

【地名】
練馬区のトマト馬鈴薯夏青し 嶋田洋一
秋の蚊の声や地下鉄馬喰町 大串章
宵闇の小伝馬町を透かしみる 富士眞奈美

【桂馬・左馬】
稲妻や将棋盤には桂馬飛ぶ 吉屋信子
卯の花やちちの描きし左馬 佐藤さよ子

【木馬】
風船を首にゆはへし木馬かな 久米正雄
回る木馬一頭赤し春の昼 西東三鬼
春驟雨木馬小暗く廻り出す 石田波郷
木馬廻る花影は喪の夜に入る 石原八束
旋律や夜の木馬の吹かれ立つ 中村苑子
停りても木馬は奔馬秋の風 杉本零
春浅き園の木馬は騎手持たず 山田弘子
未婚の夏過ぎぬ木馬の緋の手綱 友岡子郷
春塵や木馬の金の目の卑し 中村和弘
炎天に耳鳴りのごと乗る木馬 対馬康子
木馬から降りて散らばる遅日かな 五島高資



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